
みっつー
@32CH_books
2026年1月27日
読み終わった
作品を消費しがちやなぁ、と思う今日この頃。
映画を見た帰り道、それについてばーっと喋ってしまうと、帰った頃にはほとんど忘れていたりする。
消費だ。
アニメや漫画も、一度見ただけではなかなか記憶が定着しない。なんかエッセンス的なものは頭の片隅に残っている気がするから、まぁそれでいいか、という気持ちになる。
ちょっとだけ、消費だ。
あ、家庭教師ヒットマンREBORN!の話だけはめちゃくちゃ覚えてる。何回も読んでいるからだ。でもネットを眺めているとリボーンでイタリア語を学んだという人もいた。上には上がいる。フランが好きです。
どれもこれも、摂取しては忘れ、摂取しては忘れで、記憶がイタチごっこしている。
こんなに忘れっぽくて大丈夫かしら。
今回は東浩紀さんの『ゲーム的リアリズムの誕生』という本を読んだ。
講談社現代新書さんの本をあまり買ってないと思うので、他の本は知らないけれど、目玉焼きの概念みたいな表紙である。
前作の『動物化するポストモダン』の続編で、前作に引き続き、ライトノベルや、ギャルゲーを通して、純文学とライトノベルのようなキャラクター小説を比較して、批評している。
やっぱりゼロ年代の歴史は複雑で、面白い。
不況による将来への不安や、見通しの悪い未来が、大枠の物語よりもキャラクターを重視したり、ゲームの画面の中の人物に恋心を抱いたり、という虚構の世界を強めていく流れを作っていて、現代だと割と虚構に意識を持っていかれるのは当たり前に受け入れられることだと思うけれど、当時は批判の対象だったんだろうなぁとも思う。
その流れからいうと、現代ってなんなんだろう。
なんかあれですよね、『原神』とか『鳴潮』とか『アークナイツエンドフィールド』とか、好きなキャラクターを実際に自分の手で動かせるようなゲームも増えてきましたね。
ちょっと前だったら『艦これ』や『ウマ娘』のように擬人化するタイトルも多かったのかも知れない。
ライトノベルは今でも勢いがある感じがするけれど、異世界モノか、ラブコメか、みたいな作品のアニメ化が多いイメージかも知れない。めっちゃ設定がぶっ飛んだ世界観か、恋愛という普遍的なものを追い求めるか、的なことなんですかね?あとは何が流行ってるんだろラノベ。僕は『負けヒロインが多すぎる!』が好きです。
小説はSNSを題材にした作品が多いイメージがありますね。なんなら、そこは少し通り過ぎて、繋がりのある孤独とか、そういうものを描いているのが多い気がするが、最近小説は読めてないのでちょっと分からんな。
全然わからんことをつらつらとそんな感じかな?という調子で喋ってしまった、いかんいかん。
やっぱり東さんの批評を読んでいると、今自分がどんな影響を受けながら日々を過ごしているのかということが気になってしまう。
世界なんて大きな話じゃなかったとしても、僕のアイドル好き、ゲーム好き、音楽好き、などは幼少期のどんなものから影響を受けて、自分を形作ってきたのだろう、とか、そんなことを考える。
もしかしたら、物事を批評的な目で見ることができるようになれば、色んなものと紐付けされて、記憶力とかアップすんじゃねぇかな?みんなはどう思う?私は喉から。
もうね、めちゃくちゃ頭がパンパン。
何も考えたくない。
焼いた肉とか食べたい。




