masaya "読むこと考えること" 2026年1月31日

masaya
@masaya
2026年1月31日
読むこと考えること
▪︎悪の正体 うまく生きて来られたのは運で、失敗したのは自分のせい。 ▪︎異動問題 ものごとには、さまざまな見方がある。一つしか見方がないと、面白くな「正しい見方」が一つだけある。多くの人が暗黙にそうじてい ▪︎数字の話 お金の悪いところは、一銭一重までちゃんと計算できるところである。きちんと計算できるものが、世間の中心に居座ると、なにごともきちんと計算できるはずだという誤解が発生する。 いまの人は、数に対して強迫観念を持っている。 ▪︎良い生き方とは 人生の問題は言葉で片付けられるようなものではない。人生は時間を含むが、言葉は時間を消去することを思えばすぐにわかる。 人生はプロセス ▪︎無意識への無関心 ある種の社会現象は、アメリカで起こった後、しばらくして日本で起こることになっている。教育問題では、それが顕著だった。いわゆる学力低下も、アメリカでは以前から問題になっていた。 日米に共通する問題は教育問題、つまり子どもと若者の問題である。英国を除く欧州では、まだそれがマシに見える。その根本がなにか、私にはわからない。 ただ、ある種の社会的規範の喪失と無関係ではあるまい。さらにその根本は、あらゆる意味での共同体の崩壊であろう。同時にそれは、意識をすべてとする単純化、同時に無意識的なものへの無関心と関係している。 ▪︎虫採りと無意識の訓練 無意識になるまで、自分を訓練する。そういうと格好良く聞こえるかもしれないが、作業というのは、本来そういうものである。 ▪︎江戸から現代までの森林管 大都市の近くに原生林が残る環境なんか、世界にまずない。それに気づかない、そう意識しないのは、当の日本人だけではないか。 この国には、天然の資源として、森と、そこに由来するきれいな水があるだけである。だから沿岸の漁業も盛んだった。畠山重篤さんのいうとおり「森は海の恋人」である。刺身を食べ、寿司を食べるなら、森を維持しなければならない。 そこに稲が実り、その稲から米が採れて、その米が自分になる。それなら田んぼは自分じゃないか、と。 地球上の大気がなくなればあっという間に人は死ぬ。それなら大気は自分の構成要素であって、「自分の外の存在」であるはずがない。でもいわゆる「理科教育」を受けると、空気は客観的事物に変わり、早い話が他人事になってしまう。空気なんて、俺と関係ない。じつはそう思っているに違いないのである。 ▪︎自然への態度 自然保護に限らず、なにごともそうヘンな旅行 だが、法律が世界を動かすのではない。人々の考え方、感じ方、ひいては生き方なのである。 ▪︎いろいろ読む 理屈は途中が飛んではいけない。理屈は抜け道をふせぐ仕事である。 比喩の類は、おそらくヒトしか理解しない。それは「同じ」という機能を使っているからである。動物には「同じにする」という機能はほとんどない。 だから感覚に依存しているので、感覚が鋭敏になるのである。感覚はひたすら「違う」という。同じ刺激を与え続けていれば、感じなくなるのが普通である。「違いがない」からである。でも感覚はさっきと同じだとはいわない。むしろ「感じない」という。くみ取りのトイレに入っていれば、やがて臭くなくなってくる。それを感覚は「臭いが同じになった」とはいわない。「違わない」というのである。意識はそれを「同じ」だという。この辺りは当たり前のことだが、気が付かないことが多い。 ▪︎何度もブータン たがいに借頼することによって、社会的コストは極めて軽減する。それをせずに、変な人を基準に規則を制定するのが現代の通例である。 それによって、莫大なコストがかかる。だから空港では、すべての善良な市民がテロリスト候補になる。おかげで金属探知機が必要だの、ペットボトルはダメだ のということになって、多数の「善良な」市民が十分に不快な思いをする。それでも善良な人たちだから、その分くらいは我慢して、テロ対策に協力する。 ▪︎現代の目利き 鑑賞眼あるいは目利きとは、「違いがわかる」ということである。違いがわかるということは、感覚が鋭い、「同じ」でないことに気づく、ということである。 そういう能力をコンビニで買い物をし、同じテレビを見、プレハプの家に住む人が身につけられるはずがない。 じゃあ、どうしたらいいんですか。これも判を押したように訊かれる「同じ」質問である。返事をする義務なんかないが、仕方がないから、自然を見なさいという。木の葉だって、同じものは一つもない。一日、わずか十五分でいいから、そういうものでも見たらいかがですか。そういったところで、見る人なんかいないだろう。そう思って、いった本人は安心している。いまの人は頭で生きているから、頭のつじつまさえ合えば、実行なんてどうでもいいのである。頭のつじつまを合わせるには、あまり考えてはいけない。本気で考えると、たいていのことは、つじつまが合わなくなるからである。だから実行しない、考えない。それが現代人だと、私は勝手に決めている。
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