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masaya
@masaya
  • 2026年9月26日
    LIFESPAN(ライフスパン)
    LIFESPAN(ライフスパン)
  • 2026年9月26日
    あなたの体は9割が細菌
    あなたの体は9割が細菌
  • 2026年9月26日
    サバイバルボディー
    サバイバルボディー
  • 2026年9月26日
    若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間
    若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間
  • 2026年9月26日
  • 2026年9月26日
    直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足
  • 2026年9月16日
    旅をする木
    旅をする木
    ▪︎早春 クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。もしこの土地からクマが満え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたなら、それは何とつまらぬ自然なのだろう。 ▪︎ルース氷河 何もないとの世界では、食べて、寝て、出来る限り暖かく自分のいのちを保ってゆくことが一番大切なのだ。わずか一週間でさえ、本当に単純なことに立ち止まってみるのもきっと良いことだ。 子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり男気を与えられたりすることがきっとあるような気がする。 ▪︎もうひとつの時間 まだ幼かった頃、近所の原っぱで紙しばいを見終えた後、夕どはんに間に合うように走って帰った夕暮れの美しさは今も忘れない。あの頃、時間とか、自分をとりまく世界を、一体どんなふうに感じていたのだろう。一日が終わってゆく悲しみの中で、子どもながらに、自分も永遠には生きられないことを漠然と知ったのかもしれない。それは子どもがもつ、本能的な、世界との最初の関わり方なのだろうか。 ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。 ▪︎アラスカとの出合い ある日、東京、神田の古本屋街の洋書専門店で、一冊のアラスカの写真集を見つけた。 たくさんの洋書が並ぶ棚で、どうしてその本に目が止められたのだろう。まるでぼくがやってくるのを待っていたかのように、目の前にあったのである。 人生はからくりに満ちている。日々の暮らしの中で、無数の人々とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。その根源的な悲しみは、言いかえれば、人と人とが出会う限りない不思議さに通じている。 ▪︎16歳のとき 多くの選択があったはずなのに、どうして自分は今ここにいるのか。なぜAではなく、Bの道を歩いているのか、わかりやすく説明しようとするほど、人はしばし考え込んでしまうのかもしれない。誰の人生にもさまざまな岐路があるように、そのひとつひとつを遡ってゆくしか答えようがないからだろう。 終着点としていたサンフランシスコにたどり着いた日、特大のハンバーガーとコカコーラで、ぼくは自分自身に乾杯をした。心の筋肉というものがもしあるならば、そんなものをふつふつと身体に感じていた。 今振り返ってみると、十六歳という年齢は若過ぎたのかもしれない。毎日毎日をただ精一杯、五感を緊張させて生きていたのだから、さまざまなものをしっかりと見て、自分の中に吸収する余裕などなかったのかもしれない。しかしこれほど面白かった日々はない。一人だったことは、危険と背中合わせのスリルと、たくさんの人々との出会いを与え続けてくれた。その日その日の決断が、まるで台本のない物語を生きるように新しい出来事を展開させた。それは実に不思議なことでもあった。バスを一台乗り遅れることで、全く違う体験が待っているということ。人生とは、人の出会いとはつきつめればそういうことなのだろうが、旅はその姿をはっきりと見せてくれた。 が、ぼくは現実の世界を生きていたわけではなかった。旅を終えて帰国すると、そこには日本の高校生としての元の日常が待っていた。しかし世界の広さを知ったことは、自分を解放し、気持ちをホッとさせた。ぼくが暮らしているここだけが世界ではない。 さまざまな人々が、それぞれの価値観をもち、遠い異国で自分と同じ一生を生きている。 つまりその旅は、自分が育ち、今生きている世界を相対化して視る目を初めて与えてくれたのだ。それは大きなことだった。 ▪︎アラスカに暮らす 寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。 離れていることが、人と人とを近づけるんだ。 ▪︎生まれもった川 深く老いてゆくということは、どれだけ多くの人生の岐路に立ち、さまざまな悲しみをいかに大切に持ち続けてきたかのような気がする。 ▪︎カリブーのスープ 人間と自然との関わりを本さに明解するとはできなふのみではないだろうか、人はその土地に生きる他者の生命を使い。そのを自分の中でさら加入れることで、より深く大地と選なることができる。そしてその行為をやめたとき、人の心はその自然から本質的に離れてゆくのかもしれない。 ▪︎ある家族の旅 二十代のはじめ、親友の山での遭難を通して、人間の一生がいかに短いものなのか、そしてある日突然断ち切られるものなのかをぼくは感じとった。私たちは、カレンダーや時計の針で刻まれた時間に生きているのではなく、もっと漠然として、嘘い、それぞれの生命の時間を生きていることを教えてくれた。自分の持ち時間が限られていることを本当に理解した時、それは生きる大きなパワーに転化する可能性を秘めていた。 ▪︎エスキモー・オリンピック 英語で“it made my day””という言い方がある。つまり、そのわずかなことで気持ちが膨らみ、一日が満たされてしまう。人間の心とはそういうものかもしれない。遠い昔に会った誰かが、自分を懐しがっていてくれる。それは何と幸福なことだろう。 ▪︎シトカ 時おり誰かがここにやって来ると、自然の中で何てすばらしい生活をしているのかと感動するのね。でも一週間もしたら、皆耐えられなくなってしまう。淋しさとか孤独にね…・・・・じゃあ私がそうでなかったのかというとそんなことないのよ。それは痛いほどの孤独と向き合わなければならない。でもある時、そこを一度突き抜けてしまうと不思議な心のバランスを得ることを見つけたの。 ▪︎夜間飛行 もう何人もの知り合いのブッシュ・パイロットが死んでいた。彼らの多くは本当に腕のいいパイロットだった。しかしこの土地では、腕の良さが事故を避けられるとは限らない。彼らは毎日のようにアラスカの自然の中で飛び続けているのである。たった一枚の悪いカードをいつ引いてしまうのか、ただそれだけのような気もする。遅いか早いか、悲しいけれどもそんな気がする。なぜならば、その悪いカードとそが、アラスカのブッシュ・パイロットがどこかでこの土地に魅きつけられているものなのだ。 けれども、そのカードを無意識のうちに避けることができるパイロットがいる。飛行技術などとは関係ない、そして判断力とも少し違う、その人間のもつ微妙な資質のようなもの。その見えない何かをドンはもっている気がした。それはまた大きな意味での運というものと関わっているのかもしれない。 ▪︎ワスレナグサ 結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。 何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。
  • 2026年9月8日
    考えすぎずに、考える
    どう食べるかということは、時間をどう使うかということでもある ゆっくり歩くこと。ゆっくり読むこと。ゆっくり食べること。 何もしない時間。なにかと「はやい」時代だからこそ、なにも生み出さない、完全にスイッチを切る時間を持つこの時間がほんとうに必要な気がするのです。 時間のポートフォリオ 自分には、何種類の時間があるか? 時間は、お金よりもずっと使い方がむずかしい。お金は貯蓄や投資などによって増やし、たくわえることができるけれど、時間は増やすこともたくわえることもできません。お金は失っても取り戻せるけれど、時間を失えば、それを取り戻すことはできません。  つまり 「与えられた時間をどう使うか」 がすべて ブランク・スペース・ウェンズデー。 深呼吸 どんなときも常に「最高のパターン」と「最悪のパターン」を考える どちらに転ぶかは紙一重 起きたことには大なり小なり、自分にとってプラスの意味が必ずある 偶然を起こすためにたくさんの種を蒔いていくこと。 芽吹いた偶然の種を大切に育てていくこと。 日々の生き方やまわりの人との関係性によって、自分で生み出していくもの。「起きる」のではなく「起こす」もの。それが偶然です。  そしてぼくたちの仕事や人生は、偶然の働きかけなしではおおきな花を咲かせることができません。 思いがけない人物との出会い、いまの自分に必要な書物やアートとの出会い、そこから生まれた直感的なアイデア、なにかが起こりそうな予感など、さまざまな偶然に恵まれるようになるのです。 幸運の女神には前髪しかない 常に注意を払っておく必要がある 気づかなければなにも起こらないのと同じ 偶然が起こるように種を蒔いて、芽吹いた偶然を大切にして、真摯に忍耐強く向き合ってきたからこそ、偶然が実る 偶然とは、起こすもの。そして起きた偶然は、育てるもの。結果は急がない。 何もしなかったということが、ほんとうの意味での大失敗かもしれない。 受け入れることで、問題が解決していく。 考えすぎないことは、考えること。 直感は、なによりも優先すべきシグナル。 考えれば考えるほど、人は慎重になっていく。 人間の感性は心と体のコンディションが安定していてこそ鋭くなる。 スペース。余白のある状態でいること。 理屈ばかりになるな。 相談のコツ。 全く答えが見当つかない場合はこの人!と決めた相談相手を完全に信用する。
  • 2026年9月7日
    走ることについて語るときに僕の語ること
    今のところは僕はまだ、音楽とコンピュータをからめたくはない。友情や仕事とセックスをからめないのと同じように。 一人きりになりたいという思いは、常に変わらず僕の中に存在した。だから一日に一時間ばかり走り、そこに自分だけの沈黙の時間を確保することは、僕の精神衛生にとって重要な意味を持つ作業になった。少なくとも走っているあいだは誰とも話さなくてもいいし、誰の話を聞かなくてもいい。ただまわりの風景を眺め、自分自身を見つめていればいいのだ。それはなにものにも換えがたい貴重なひとときだった。 自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。いちばん底の部分でフィジカルに認識する。 僕はそれほど頭の良い人間ではないため、生身の身体を通してしか、手に触ることのできる材料を通してしか、物事を明確に認識することのできない人間である。何をするにせよ、一旦目に見えるかたちに換えて、それで初めて納得できる。 僕はたとえどんなことであれ、何かをするからには、全面的にコミットしていないと落ち着かない性格である。 自分のやりたくないことを、自分のやりたくないときにやらされることに、昔から我慢できない。そのかわり自分がやりたいことを、自分がやりたいときに、自分がやりたいようにやらせてもらえたら、人並み以上に一生懸命やる。 太陽がのぼるころに目覚め、暗くなったらなるべく早く寝てしまおう、と決めた。それが我々の考える自然な生活だった。まっとうな人間の暮らしだった。 我々は、七年間にわたる「開かれた」生活から、「閉じられた」生活へと大きく舵を切ったわけだ。そのような「開かれた」生活が、僕の人生のある時点にある期間存在したのは、善きことであったと思う。今にして思えば、そこから多くの大事なものごとを学んだ。 その時期は僕にとっての、人生の総合的な教育期間みたいなものであり、僕にとっての真の学校だった。しかしそんな生活をいつまでも続けるわけにはいかない。学校というのは入って、何かを身につけ、そして出ていくところなのだ。 みんなにいい顔はできない」、平ったく言えばそういうことになる。 店を経営しているときも、だいたい同じような方針でやっていた。店にはたくさんの客がやってくる。その十人に一人が「なかなか良い店だな。気に入った。また来よう」と思ってくれればそれでいい。十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立っていく。逆に言えば、十人のうちの九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわないわけだ。そう考えると気が楽になる。しかしその「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そしてそのためには経営者は、明確な姿勢と哲学のようなものを旗じおしとして掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。 それが店の経営から身をもって学んだことだった。 僕がこうして二十年以上走り続けていられるのは、結局は走ることが性に合っていたからだろう。少なくとも「それほど苦痛ではなかった」からだ。人間というのは、好きなことは自然に続けられるし、好きではないことは続けられないようにできている。 学校で僕らが学ぶもっとも重要なことは、「もっとも重要なことは学校では学べない」という真理である。 身体というのはきわめて実務的なシステムなのだ。時間をかけて断続的に、具体的に苦痛を与えることによって、身体は初めてそのメッセージを認識し理解する。その結果、与えられた運動量を進んで(とは言えないかもしれないが)受容するようになる。そのあとで我々は、運動量の上限を少しずつ上げていく。少しずつ、少しずつ。身体がパンクしない程度に。 そう、ある種のプロセスは何をもってしても変更を受け付けない、僕はそう思う。そしてそのプロセスとどうしても共存しなくてはならないとしたら、僕らにできるのは、執拗な反復によって自分を変更させ(あるいは歪ませ)、そのプロセスを自らの人格の一部として取り込んでいくことだけだ。 人には生まれつきの「総合的傾向」のようなものがあって、本人がそれを好んだとしても好まなかったとしても、そこから逃れることは不可能ではないかということくらいだ。傾向はある程度まで調整できる。しかしそれを根本がら変更することはできない。人はそれをネイチャーと呼ぶ。 たくさんの水を日常的に目にするのは、人間にとって大事な意味を持つ行為なのかもしれない。まあ「人間にとって」というのはいささかオーバーかもしれないが。 明日が何を運んでくるのか、それは明日になってみないとわからないのだ。 そういうおっかない目に一度でもあえば、人はそこから身にしみて何かを学ぶことになる。ものごとの基本を着実に身につけるには、多くの場合フィジカルな痛みが必要とされる。 しかし現実の人生にあっては、ものごとはそう都合よくは運ばない。我々が人生のあるポイントで、必要に迫られて明快な結論のようなものを求めるとき、我々の家のドアをとんとんとノックするのはおおかたの場合、悪い知らせを手にした配達人である。「いつも」とまでは言わないけれど、経験的に言って、それが薄暗い報告である場合の方が、そうではない場合よりもはるかに多い。配達人は帽子にちょっと手をやり、なんだか申しわけなさそうな顔をしているが、彼が手渡してくれる報告の内容が、それで少しでも改善されることはない。しかしそれは配達人のせいではないのだ。配達人を責めるわけにはいかない。 彼の襟首をつかんで揺さぶるわけにはいかない。気の毒な配達人は、ただ上から与えられた仕事を律義にこなしているだけなのだ。彼にその仕事を与えているのは、そう、おなじみのリアリティーである。 そんなわけで我々には、プランBというものが必要になってくる。 苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見いだすことができるのだ。生きることのクオリティーは、成績や数字や順位といった固定的なものにではなく、行為そのものの中に流動的に内包されているのだという認識に(うまくいけばということだが)たどり着くこともできる。 効能があろうがなかろうが、かっこよかろうがみっともなかろうが、結局のところ、僕らにとってもっとも大事なものごとは、ほとんどの場合、目には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。そして本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。 たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。僕はそう考える。実感として、そして経験則として。 ビジネス・アズ・ユージュアル 通常通り ネイチャー 性格
  • 2026年9月6日
    ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集
    旅とは? 人生とは? 旅に行きたくなる本 僕は思うのだけれど、たくさんの水を日常的に目にするというのは、人間にとってあるいは大事な意味を持つ行為なのではないだろうか。 不便さは旅行を面倒なものにするが、同時にまたそこにはある種の喜び-まわりくどさがもたらす喜び-も含まれている。 「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」というのが僕の哲学(みたいなもの)である。 多くのヘルシンキ市民は郊外にサマーハウスをもっていて、夏になると長く休暇をとり、都会を離れ、自然の中でのんびりと身体を休める。 湖で泳いだり、トレッキングをしたり、日光浴をしたり、サウナで汗を流したりする。 なにしろ国土の割に人口が少ないので、スペース的にもゆったりしている。 さて、いったい何がラオスにあるというのか?良い質問だ。たぶん。でもそんなことを訊かれても、僕には答えようがない。だって、その何かを探すために、これからラオスまで行こうとしているわけなのだから。それがそもそも、旅行というものではないか。 普段(日本で暮らしているとき)僕らはあまりきちんとものを見てはいなかったんだな」ということだ。僕らはもちろん毎日いろんなものを見てはいるんだけど、でもそれは見る必要があるから見ているのであって、本当に見たいから見ているのではないことが多い。電車や車に乗って、次々に巡ってくる景色をただ目で追っているのと同じだ。何かひとつのものをじっくりと眺めたりするには、僕らの生活はあまりに忙しすぎる。本当の自前の目でものを見る(観る)というのがどういうことかさえ、僕らにはだんだんわからなくなってくる。 僕がラオスから持ち帰ったものといえば、ささやかな土産物のほかには、いくつかの光景の記憶だけだ。でもその風景には匂いがあり、音があり、肌触りがある。そこには特別な光があり、特別な風が吹いている。何かを口にする誰かの声が耳に残っている。そのときの心の震えが思い出せる。それがただの写真とは違うところだ。それらの風景はそこにしかなかったものとして、僕の中に立体として今も残っているし、これから先もけっこう鮮やかに残り続けるだろう。 それらの風景が具体的に何かの役に立つことになるのか、ならないのか、それはまだわからない。結局のところたいした役には立たないまま、ただの思い出として終わってしまうのかもしれない。しかしそもそも、それが旅というものではないか。それが人生というものではないか。 言われてみれば、ラオスにいったい何があるというのだろう?でも実際に行ってみると、ラオスにはラオスにしかないものがあります。当たり前のことですね。旅行とはそういうものです。そこに何があるか前もってわかっていたら、誰もわざわざ手間暇かけて旅行になんて出ません。何度か行ったおことのある場所だって、行くたびに「へえ、こんなものがあったんだ!」という驚きが必ずあります。それが旅行というものです。旅っていいものです。疲れることも、がっかりすることもあるけれど、そこには必ず何かがあります。さあ、あなたも腰を上げてどこかに出かけて下さい。
  • 2026年9月6日
    長い旅の途上
    長い旅の途上
    きっと、人はいつも、それぞれの光を捜し求める長い旅の途上なのだ。 やっと歩き始めた息子は、まるでこの時期に課せられた仕事であるかのように、転び、落ち、毎日のように頭や身体をぶつけている。何度かヒヤッとさせられたこともあったが、まあ何とか生きのびている。子どものもつ生命力に驚きながら、生と死が隣り合う、あっけないほどの脆さも感じている。その脆さを意識すればするほど、愛おしくなってきてしまうのだ。 が、ベッドから転げ落ち、大きなたんこぶをつくって泣き叫ぶ子どもを前にして、ふと考えたことがある。かわいそうだと思い、できたら自分がかわってあげたいと思いながら、どうやってもこの子の痛みを自分は感じることができないのだ。ぶつかったのは自分ではないのだから、あたりまえのことでもある。しかし、親は我が子の痛みを自分の痛みとして感じるという話があるではないか。いや、身体の痛みと心の痛みは違うということなのか。 それなのに、ぼくは泣き叫ぶ息子を見つめながら、"この子は一人で生きてゆくんだな”とぼんやり考えている。たとえ親であっても、子どもの心の痛みさえ本当に分かち合うことはできないのではないか。ただひとつできることは、いつまでも見守ってあげるということだけだ。その限界を知ったとき、なぜかたまらなく子どもが愛おしくなってくる。 自分がいた場所を少し移動してみると、今まで見えなかったことが見えてくるものだ。 過去も未来もないただその一瞬一瞬を生きていた、もう取り戻すことのできない時間への郷愁である。過去とか未来とかは、私たちが勝手に作り上げた幻想で、本当はそんな時間など存在しないのかもしれない。そして人間という生きものは、その幻想から悲しいくらい離れることができない。それはきっと、ある種の素晴らしさと、それと同じくらいのつまらなさをも内包しているのだろう。まだ幼い子どもを見ている時、そしてあらゆる生きものたちを見ている時、どうしようもなく魅きつけられるのは、今この瞬間を生きているというその不思議さだ。 きっと、私たちにとって、どちらの時間も必要なのだ。さまざまな過去を悔い、さまざまな明日を思い悩みながら、あわただしい日常に追われてゆく時間もまた、否定することなく大切にしたい。けれども、大人になるにつれ、私たちはもうひとつの時間をあまりに遠い記憶の彼方へ追いやっている。 日々の暮らしのなかで、”今、この瞬間”とは何なのだろう。 人が旅をして、新しい土地の風景を自分のものにするためには、誰かが介在する必要があるのではないだろうか。どれだけ多くの国に出かけても、地球を何周しようと、私たちは世界の広さをそれだけでは感じ得ない。が、誰かと出会い、その人間を好きになった時、風景は、はじめて広がりと深さをもってくる。 人は、めぐる季節で時の流れを知る。心に区切りをつけることができる。 日々の暮らしに追われている時、もうひとつの別の時間が流れている。それを低久の自然と言っても良いだろう。そのことを知ることができたなら、いや想像でも心の片隅に意識することができたなら、それは生きてゆくうえでひとつの力になるような気がするのだ。 人間にとって、きっとふたつの大切な自然があるのだろう。ひとつは、日々の暮らしの中で関わる身近な自然である。それは道ばたの草花であったり、近くの川の流れであったりする。そしてもうひとつは、日々の暮らしと関わらない遥か遠い自然である。そこに行く必要はない。が、そこに在ると思えるだけで心が豊かになる自然である。それは僕たちに想像力という豊かさを与えてくれるからだと思う。 夜のない暮らしはすばらしかったけれど、夏の終わりには、人々はもう長い一日に疲れている。夜の暗さが無性に恋しいのだ。季節が秋から冬に移ってゆくにつれ、自然は人々の暮らしにブレーキをかけてゆく。まるで私たちの気持ちをわかってくれていたように。その不思議な心地良さは、子どもの頃、雨の日に家の中 で過ごすうれしさに似ている。 冬は、人と人がゆっくりと話をする季節なのかもしれない。 アラスカのめぐる季節。そしてその半分を占める、冬。だが、この冬があるかわこそ、かすかな春の訪れに感謝し、あふれるような夏の光をしっかり受け止め、つかのまの美しい秋を惜しむことができる。 長く、きびしい冬があるというのはいいことだ。もし冬がなければ、春の訪れや、太陽の沈まぬ夏、そして美しい極北の秋にこれほど感謝することはできないだろう。もし一年中花が咲いているなら、人々はこれほど強い花に対する想いをもてないだろう。 どこにいようと、すべてのものに平等に同じ時が流れている。その事実は、考えてみると、限りなく深遠なことのような気がしてくる。 きっと、同じ春が、すべての者に同じよろこびを与えることはないのだろう。なぜなら、よろこびの大きさとは、それぞれが越した冬にかかっているからだ。冬をしっかり越さないかぎり、春をしっかり感じることはできないからだ。それは、幸福と不幸のあり方にどこか似ている。 多くの選択があったはずなのに、どうして自分は今ここにいるのか。たった一度の一生を、なぜAではなく、Bの道を歩いているのか。誰しも、そんなことを考えずに日々を生きているのに、ふとした一瞬、その不思議さに想いを馳せることはないだろうか。 きっと、私たちには、多くの選択などないのかもしれない。それぞれの人間が、行き着くべきところに、ただ行き着くだけである。 私たちは、二つの時間を持って生きている。カレンダーや時計の針に刻まれる慌ただしい日常と、もう一つは漠然とした生命の時間である。すべてのものに、平等に同じ時が流れていること・・・・・その不思議さが、私たちにもう一つの時間を気付かせ、日々の暮らしにはるかな視点を与えてくれるような気がする。 一つの体験が、その人間の中で熟し、何かを形づくるまでには少し時間が必要だ。 子どものころに見た風景が、ずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとある。 きっと人間には、二つの大切な自然がある。日々の暮らしの中でかかわる身近な自然、 それは何でもない川や小さな森であったり、風がなでてゆく路傍の草の輝きかもしれない。そしてもう一つは、訪れることのない遠い自然である。ただそこに在るという意識を持てるだけで、私たちに想像力という意かさを与えてくれる。そんな遠い自然の大切さがきっとあるように思う。 私たちが生きていくということは、だれを犠牲にして自分が生き延びるか、という日々の選択である。生命体の本質とは他者を殺して食べることにあるからだ。それは近代社会が忘れていった血のにおいであり、悲しみという言葉に置き換えてもいい。その悲しみをストレートに受け止めなければならないのが狩猟民なのだ。人々は自らが殺した生き物たちの霊を慰め、再び戻ってきて犠牲になってくれることを祈る。 正論に力を持たせるのは大変だ。余裕をもった、ちょっとしたユーモアが、ときに人の心を大きく動かしてゆく。 私は、アラスカとニューヨークがどこかで似ているような気もしていた。それはきっと、どちらもハンパではない世界ということだ。アラスカでは苛酷な自然という世界を相手に、ニューヨークでは混沌とした人間社会の中で、人々は一生懸命に日々を生きている。言い換えれば、それは人間が生きてゆく緊張感というものかもしれない。 私はアラスカが好きだが、ニューヨークも好きだ。 僕はクマに気をつけるが、それほど恐れてはいない。しかし、自然に対して、たかをくくっているのではないかと思う時がある。つまり、本当の恐柿心をもっていないのだ。 フェアバンクスの小さな森の中に、家を建てた。まだ家具も何もない。でも、素晴らしいストーブがある。当分はこれさえあればいい。これがこれからの暮らしのベースになってゆく。
  • 2026年8月25日
    ノー・ファンタジー
    人生における要石のようなものだった。 いい感じのくたびれ方。ちゃんと時間をかけてかけてできた、ちゃんのしたダメージジーンズみたい。 自分にがっかりすることが何よりも僕にとってはいつかった。 まっとうってことだね。 いつか、どこかでやったこと。それに似たこと。 引き返すことができないからこそ出口なのだから。 時間は我々の背中を押す。出口へと。 安全すぎる。定期的に自分をリスクにさらす必要がある。 王たるもの、聖地へ巡礼に行くか、よりこんな探究に出るか。そのどちらかをしなければならない。 完全な自由は不自由にも似ている。 彼女が欲したのは何かの摩擦だった。彼女は何かを諦め、ただ漂うだけの存在になりつつある自分に変革をもたらそうとしたのだ。
  • 2026年8月2日
    影まで愛して
    影まで愛して
  • 2026年8月1日
    ウォークス
    ウォークス
  • 2026年8月1日
    MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY
    MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY
    旅を充実したものにするための鉄則は、一にも二にも早起きである。早い時間に動き始めることで、一日中焦らず行動できるし、天候が崩れるのは大体午後だから晴れている時間を有意義に使える。それより何より、朝というそれ自体が素晴らしい。 どこかで自分の安全を願ってくれている人がいることには大きな意味がある。私たちは他者の願いに応えたいと思う動物である。だから、誰か の願いは力になる。心が折れそうになる時、もう一踏ん張りさせてくれるのは誰かの願いに他ならない。 自分が本当に欲しているものは、手に入れてみないとわからなかったりするから難しい。 私は阿部ちゃんのことを羨ましく思った。私だって、走り出したいな、飛び上がってみたいなと思ったのだ。 しかし、私はすっかり調教されてしまっていて、欲求と行動との間にいくつもの障壁が立てられている。まるで会社でボールペンを一本買うために上長のハンコリレーを進めていかなければならないようにナンセンスだ。走りたいと思ったら走れば良いのに、ハンコリレーをしているうちにその欲求は製み、すり減り、いつの間にか霧散してしまう。自分が自分で手に入れた、せっかくの欲求だったのに。阿部ちゃんはそのハードルを持ち合わせていない。やりたいと思ったら考える前に体が動いている。短兵急な男。やりたくないと思ったら頑なにやらない。すごく健康的だし、人生を正しく楽しんでいるように見える。 道には常に意味がある。 無意味に人間を迂回させる道は使われず、桁ちていく。 「あったらいいかも」をどれだけ削っていけるかが旅における腕の見せ所である。 しかし、頂上を踏まなければ帰れないような気持ちになっていた。素人が遭難する時の、典型的な心理状態だ。 完全に安全な場所はない。あらゆる土地に固有のリスクがあり、リスクの少ない土地には人間が集まり、人間が集まればそこには新たなリスクが生まれる。 ただ生きる。生き抜く。命を繋ぐ。それだけで素節らしい。もちろんそうだと思う。けれど私たちは飽き足らない。ご所に腰を据えて、身の国りの喜びだけを丁寧に享受する生き方を、私たちは知らない。だからどうしても、旅に出たくて仕方がない。 何一つとして、思い通りにことは運ばなかった。それでも、ままならなかった時間こそが、私たちの旅を私たちだけのものにしてくれる気がする。
  • 2026年7月26日
    歩くという哲学
    歩くという哲学
    山歩きに自信のある人は、必ずゆっくりと登ってゆく。速さの対極にあるゆっくりではない。ただ、ペースが一定で、均一であるということだ。 スピードの幻想とは、それで時間を稼げると思い込むところにある。計算は一見単純に思える。三時間の代わりに二時間ですむのなら、一時間得をする。それが抽象的な計算にすぎないのは、ある一時間と別の一時間は完全に等しくはないからだ。 急いでいる時、時間はどんどん速くなる。時間が飛び去る、ということは、急いだその二時間のために、結局、一日の長さが短くなるということだ。時間を細かく分割して、その中をやたらと理めようとしてみても、一瞬一瞬は触れ散ってしまう。詰め込みすぎれば、飽和するのだ。 歩いて過ごした一日は、もっと長い一日に感じられる。そういう日には、いつもより長く生きた思いがする。時間の継ぎ目に無理な力をかけず、どの一時間にも、どの一分、どの一秒にも、それそれがゆったりと呼吸できるように、奥行きを持たせたからだ。急げば、時間ははち切れてしまう。 ゆっくりやる、ということは、時間に寄り添うことだ。一秒一秒が、粒となって感じられるほどに。 1瞬一瞬が、露となって結ばれてゆく。小雨が石へと降りかかる時のように。時間がそんなふうにゆるやかに引き延ばされる時には、空間にも深さが宿る。 歩くことの秋密とは、それなのだ。 つまり。定識や飲料の選択肢がごく限られていること、その時々の天候をただ受け入れることしかないこと、規則的に動いてゆく自分の足以外にはなにひとつ頼りにできないこと、そうしたことのおかげで、不意に、ふだんはどれだけ過剰な供給(商品の洪水、無数の交通網、おびただしいネットワーク)に晒されていたかが見えてくるのだ。どれだけ利便性ばかりが追求され、どれだけそれらへの依存症(通信手段においても、買活動においても、移動手段においても)が生みだされているのか。選択というミクロな自由は与えられているが、それらはみな、システム全体を加速させることに資するばかりで、わたし自身はさらにがんじがらめにシステムに囚われてゆく。わたしを時間や空間から解放するものは、わたしをスピードの支配する世界へと追いやっているのだ。苦労して岩のてっぺんに登り詰め、腰をおろしてから、ついに風景を見渡してみる。眼下に広がるすべての農地、家々、森、小道。何もかもすべてが自分のもので、自分のためにそこにあるかのようだ。登ってきたことで、それらを手中に収めたのだ。あとはその喜びを味わうだけでよい。世界を手にした者が、孤独など感じるだろうか?見ること、見下ろすこと、そして見つめることは、所有することだ。しかも、所有にまつわる一切の煩わしさもない。まるで世界を盗んだかのように、その景色を楽しむ。いや、盗んだなどとは言うまい。そこまで登ってくるために、自分で努力したのだから。見晴らすかぎり遠くまで、ずっとはるかな彼方まで、それらはわたしのものだ。わたしはひとりではない。世界はわたしのものであり、わたしのために、わたしと共にある。 散歩の秘められた効能は、このように精神が開かれて、「空いた」状態に置かれることであるが、これは、とかく拘束やこだわりに囚われがちな現代生活において、きわめて稀な状態といえる。 「空いた」状態にあるということは、受動と能動の入り混じった、あの幸福な調和が実現されているということなのだ。魂は、誰に対しても申し開きをする必要がなく、一貫性を迫られたりもしない。世界は、深刻な顔をした系統立った観察者に対してよりも、そのような無償のれの中にある散歩者に対してこそ、そのまったき姿をあまさず見せてくれる。 だが、そうした発見や喜びを得ようとして、散歩がひとつのメソッドでもあるかのように生真面目に散歩に取り組んでみたところで、まずうまくはいかないだろう。そうした発見を得ることができるのは、春の日差しに誘われて、やりかけの仕事もほっぽらかしにして、とりあえず先のことは考えない、という誘惑に喜んで屈した者だけなのだ。そのようにしてみて初めて、そのひとときは無償のものとなり、生の軽やかさを思い出し、魂が、世界と自分とのあいだに自由な調和を見いだす時の甘美さを味わえる。 歩いている人は、とにかく足を動かさねばならないため、とりあえず前へ進んでゆく。それは世界そのもののように、当たり前の真理である。その単調な運動が人を解放する。あれについて考えろとか、これについて考えろとか言われることもないし、ああ考えるべきだとか、こう考えるべきだとかいうこともない。ただ身体的な努力を繰り選しているだけで、精神に一空き」ができる。そうなった時に初めて、ものを考えられる。
  • 2026年7月25日
    ネイチャー・エフェクト
    ネイチャー・エフェクト
  • 2026年7月20日
    地球再生型生活記
  • 2026年7月20日
  • 2026年7月2日
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