
はに
@828282chan
2026年2月3日
みずうみ
川端康成
買った
読み終わった
川端康成の描く変態的な人間がとても好きだ。気色悪い言動や思考をしている人物であっても、筆致が上品であるために不快感が薄められ、ユニークな人間味として興味深く感じられる。背筋がぞわぞわっとしながらも読みたいと思ってしまう、癖になる「キモさ」がある。
この物語の主人公・銀平は、魔性を感じる女性に出逢うと後をつけてしまう癖のある男だ。いわゆるストーカーである。ストーカーという概念が社会に定着する前の時代に書かれた物語ではあるが、独り善がりな行為としての不気味さがしっかりと描かれている。
“銀平があの女のあとをつけたのには、あの女にも銀平に後をつけられるものがあったのだ。いわば一つの同じ魔界の住人だったのだろう。銀平は経験でそれがわかる。水木宮子も自分と同類であろうかと思った時、銀平はうっとりとした。(p.23)”
“また銀平が前後不覚の酩酊か夢遊のように久子の後をつけたのは、久子の魔力に誘われたからで、久子はすでに魔力を銀平に吹きかけていたのである。昨日つけられたことで久子はその魔力を自覚し、むしろひそかな愉楽におののいているかもしれない。怪しい少女に銀平は感電していたのだ。(p.36)”
特に印象に残ったキモいシーンがある。少年時代の銀平が、いとこの少女・やよいへの思慕を拗らせてとった行動だ。やよいの愛犬を疎ましく思い、縫針で耳を縫ってやろうかと考える。実行には移さなかったが、紙に絵を書いてそれを縫うという奇行に走る。じとじととした狂気の切り取り方に作家の凄みを感じる。
“やよいの針箱から赤い糸のついた縫針を盗み出すと、日本テリヤの薄い耳に突き通してやろうと思って折りをうかがった。(中略)銀平はその縫針をポケットにかくして、自分の家へもどった。紙にやよいと犬の絵をかいて、その赤い糸で幾針にも縫い、机の引き出しに入れておいたものだ。(p.93)”
心を奪われた少女を待ち伏せするため、道端の溝に潜伏するシーンは、さらに一段ギアの上がったキモさがあった。警察に不審がられたときのために、少し酒を飲んで酔っ払いのふりをするという「まとも」な判断をした上でのこの奇行だから、余計に怖い。
“二三十分もひそんでいるうちに、銀平は石がけの石にでも嚙みつきたくなった。石のあいだからすみれの咲いているのが目についた。銀平はいざり寄って、すみれを口にふくむと、歯で切って、呑みこんだ。呑みこみにくかった。銀平はううっと泣き出すのをこらえた。(p.126)”
ここまで主人公のキモエピソードばかり語ってしまったが、この作品には他にもさまざまな人物が登場する。物語が進むにつれ、登場人物についての情報が断片的に明かされ、徐々にひとりひとりの輪郭が浮かび上がってくる。入り組んだ人間関係の繋がりが見えてくるのも面白い。ただ、複数の「なにかありそう」という匂わせが最後まで回収されずに終わってしまい、読後は尻切れとんぼのような印象を受けた。夢の途中で目が覚めたときのような感じだ。しかし、それは不満ではなく、現実・空想・妄想が「みずうみ」のもやのように幻想的に混ざり合う物語の演出として納得感があるものであった。