
sas
@sas
2026年2月5日
虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み
名越康文,
養老孟司
読み終わった
「でもお寺って、そんなとこじゃないですよね。〝大通り〟みたいなもので、誰が通ってもいい。」
「いまの人は気分を切り替えるってスイーツ食べないとできないと思ってるからね。神社やお寺に入って、空気を感じ取ることができたらもっと楽になると思うんですけどね。」
「それにしても、みんな何をして気分を切り替えたりするんだろう。映画とかドラマとかをテレビとかパソコンなんかでみたところで、同じ部屋ですからね。それってあんまり切り替えられないような気がします。養老先生がよくいう「接地」をしていない感じがするんだけど。養老 いまの人たちの多くは、質量のある物質的世界に「接地」していない。それぞれの人の身体感覚に裏打ちされていないんです。接地していないから、宙に浮いた感覚になっている。そういうのが「脳化社会」の典型例です。脳化社会でよくみられるのが、「ああすれば、こうなる」と因果律で捉える考え方。論理などで予測可能な範囲で捉えてしまう。そうした方法で捉えられないものは排除していくんです。だから僕は、「地面に張りつけ!」とずっと言い続けているんですけどね。」
一人でキャンプしてる人もいるよね。あれもいいんじゃないか。いっそのこと、ブータンに行ったらいいんだよ。名越 確かに! ポカーンとできる場所で時間稼ぎするのもいいかもしれない。養老 言葉は通じないし。日常英語は通じるから大丈夫ですよ。名越 ポストフォンする、つまり延期する。逃げ込んでボーっとできる場所とか、いまなくなったからね。昔だったら、大学のクラブの部室とか、タバコを吸ったりするような場所やたまり場みたいな場所があった。
でも、なるようになるんだよ。なるべくしてなる、というのか。でも戦後、アメリカから違う考え方が入ってきたでしょ。絶えず選択することで人生が決まっていくという。たとえば Aと Bという選択肢があって、正しい選択をしていけば夢をつかめる、でも間違った選択をしたら惨めな人生が待っている。「自己責任」という言葉と繋がっているんだけど、いまはこの考え方をする人の方が多いかもしれない。でも僕がこれまで生きてきた実感としては、そうじゃないんだね。なるようになる、という考え方がしっくりくる。多くのことと整合性があるような気がするんです。