nogi "詭弁と論破" 2026年2月7日

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@mitsu_read
2026年2月7日
詭弁と論破
詭弁と論破
戸谷洋志
ひろゆきの物言いに感じるなんとも嫌なあの感覚が、整理されてとてもよかった。結局、当たり前ではあるけど、彼はなんらかの信条に基づいて相手を打ち負かしているのではなく、打ち負かすことそのものが目的だし、相手が納得しなかろうが、第三者である視聴者が、打ち負かしたことを認めてくれればそれで良いのだから、論破の先には何にもないのだ。ただ見てる側が、気持ちよくなるだけで。そして彼の真似をしてSNSでインプレッションを稼げばもちろんそれも気持ちがいい。でもその気持ちよさになんの意味があるのか。 社交、という結論が出てきた時に少し面食らったけれども、お互いに敬意を払いつつ、対等な立場で、機嫌よく、気持ちよく、たとえ意見が対立していても、相手の言葉を許容でき、議論を持続可能にするための場や雰囲気を整えること、目の前の相手がひろゆきであったとしてもそれができること、確かにそれは希望であり、暴力に対抗できる手段だなあと思った。そしてこの結論が、非現実的だとか、夢物語だとか、そういうふうに軽んじられない場、こそが、今最も欠けていて、必要なものなのだなと思った。 先日読んだ「炎上で世論はつくられる」にも通じるところがあるので続けて読めてよかった。 あと、「言語化」についての章で肯定的に(ある論への反論として)三宅香帆の「『好き』を言語化する技術」が引用されてるのが良くて、(まさか出てくると思ってなかったこともあり) ぉあ〜……!って語彙がなくなった。よかった。 p74 〝「それってあなたの感想ですよね?」という論法は、あらゆる主張を単なる「感想」へと相対化し、客観的な真実について語ることを不可能にする。〟 〝この世界にすべての人が合意できる客観的な真実などない。真実は、人がそれをどのように眺めるかによって、変わってしまう。そうであるとしたら、何らかの自分の主張に関して、他者からその妥当性を覆すようなエビデンスを突き付けられても、無視すればよい。〟 p133 〝何が正解なのか分からないからこそ、断言できる人間は強い。(中略)周囲の人々は正解について思考する労苦から解放されるからである。その正解が間違っていたとしても、その責任は、あくまでもそれを断言した人間にある。そのように、何も考えないことを許してくれる、という点に、断言の価値があるのだ。〟 p142 〝私たちの社会は、ぶれないで生きること、軸を持って生きることを、非常に高く評価している。しかし、筆者はこの考えは必ずしも正しくないと思う。なぜなら人間は、常にぶれているし、その軸は彷徨する独楽のように、常に遊動しているからだ。自己の言語化は、その現実を否定し、まるでレールの上を一直線に転がっていく鉄球のように、自分自身を再解釈させる。しかし、それによって切り捨てられ、なかったことにされてしまう多様な可能性を、私たちは本当に無視してよいのだろうか。〟 p143 〝三宅が重視するのは、自分の言葉で自分が好きなものを言語化することである。しかし、なぜそうした言語化が必要なのだろうか。彼女によれば、それは「私」の自己理解を促すためである。(中略)なぜなら、「私」が好きなものは変化しうるからである。彼女によれば、「好き」は「揺らぐもの」であり、「揺らがない『好き』なんてない」。それでは、なぜ、「私」が好きなものは揺らぐのだろうか。それは、「私」自身が変化するからだ。〟 p146 〝しかし言語化を違った仕方で捉えることも可能だ。「私」が変容していくことを前提として、いまの自分を保存するために、自分自身を言語化することがそれである。この場合には、「私」は自分を規格化することなく、むしろ自己変容を可視化させるために、自分自身を語ることになる。それは、いまの「私」に対して違った視点を、新しい思考の可能性を開く契機となるだろう。〟
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