
高卒派遣社員
@hidari_s
2026年2月7日

刑務所の中の中学校
角谷敏夫
読み終わった
全国で唯一刑務所の中にある中学校、松本市立旭町中学校「桐分校」で長年にわたり生徒たちと向き合ってきた角谷敏夫氏による一冊。
この学校の創立は昭和30年にまでさかのぼる。太平洋戦争の終結による社会の混乱の中で、多くの青少年受刑者が義務教育未修了だった。昭和28年に松本少年刑務所に収容されていた255人の青少年のうち、78.4%に当たる200人が中学校を卒業していなかった。この事態を憂慮した当時の松本少年刑務所長や関係職員が尽力し、日本国憲法の定める教育の権利や法務省管轄の矯正教育思想などが調査され、長野県教育委員会や松本市教育委員会の協議により「分校」の設置にこぎつける。これに伴い監獄法が改正され、桐分校で1日7時間の授業が可能になった。
当初は少年受刑者を対象にしていたこの学校は、何度かの年齢規定の改定を経て、平成9年からは年齢規定が撤廃されている。これまでの入学生の年齢は17歳から67歳までと幅広く、近年では生徒の高齢化や外国人受刑者の増加が目立っている。
本書は、義務教育を経ていないことが当事者の自尊心にどんな影響を与えるのかを明らかにしている。生徒(受刑者)が長年抱えてきたコンプレックスは単なる「学歴の低さ」によるものではない。「漢字が読めない」「簡単な計算ができない」ことからくる生活の困難である。そこから派生して「馬鹿にされている」「追いつけない」という気持ちが彼らの心に重荷のようにのしかかってきたのだ。
ある67歳の生徒の言葉が印象に残った。「(どうして桐分校を希望したかというと)死ぬまでにはどうしても中学校を卒業して、人並みになってから死にたいからなんです」。
桐分校で生徒と向き合ってきた著者の姿は、武田鉄矢を思わせる熱血教師や、先進的な教育に取り組むスマートな教師像でもない。「矯正」と「教育」の狭間で生徒ともに悩み葛藤する等身大の姿が描かれている。
とりわけ涙を誘うのは桐分校における「遠足」の場面だ。逃亡の恐れがあるため、遠足の実施は当日になるまで生徒には知らされない。通常、受刑者が刑務所の外に出る際は手錠と捕縄が必須である。しかしこの日だけは生徒たちは拘束なしで外出が許される。「今日はただ一つ武器を持っていきます。それは「信頼」です。ぜひ、この「信頼」に応える1日を送ってください」と生徒たちに語るという。
このイベントのクライマックスは「母校訪問」、つまり松本市旭町中学校への訪問である。廊下ですれ違う生徒たちはごく自然に分校の「生徒」に挨拶する。そして交流授業では本校生と分校生が声を合わせて旭町中学校校歌を歌うのだ。
本書では入学から卒業までの一連の流れ、これまでの生徒たちの個別のエピソード、著者の日記の抜粋、そして著者がこの職を志したきっかけが綴られている。
昨今は社会的弱者を槍玉に挙げて溜飲を下げようとする言説がはびこっている。おそらく塀の向こうで罪を償う人々の処遇も今後ターゲットになっていくのだろう。しかし桐分校で学ぶ、「日本一勉強する中学生」の存在に想いを馳せると、我々の収める税金は決して無駄ではないと実感する。社会復帰を目指す人々を支える活動に携わるすべての人に敬意を表したいと思った。




