ばく "ノーザンライツ" 2026年2月9日

ばく
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@backten_bank
2026年2月9日
ノーザンライツ
圧倒的な自然の前にひれ伏した人間しか書くことのできない文章というものがあると思っている。いや、その前に、圧倒的な自然に打ちのめされた経験がある人にしか共有できない言葉にできぬ感情というものがある。 星野道夫は、写真家でありながらエッセイストでもあり、この「目に見えぬ言葉」を紡いだ人だと思う。 今作は主にアラスカに暮らすイヌイットやインディアンが直面した時代の波による危機を丁寧に聞き取り、語っているのだが、星野だからこそ聞き出せたのだろうなと感じる話ばかりだ。先住民の最もセンシティブな話し合いの中に1人日本人がいるのに、なぜ受け入れられたのか、その不思議さがたまらないのだ。 究極の「誠実さ」と「素直さ」が星野にはあるんだろうと思う。年代を問わず人種を問わず、まっすぐなのだろう。 星野の筆致の素晴らしさが垣間見える一説を貼っておく。 ーーーーーーーーー カリブーの大群が目の前まで迫ってくると、あたりは不思議な音で満たされてきた。カチカチカチカチ……。それはカリブーが歩く時に鳴る足首の腱の音だった。その無数​の音がひとつの和音となって響いているのである。太古の昔から綿々と続いてきた時の流れを、その音は静かに刻んでいるような気がした。 「おい、百年後、ここはどうなっているんだろうな」  突然、ドンが呟(つぶや)いた。これまでにも何度か、彼の同じ呟きを聞いていた。そんな時、ドンもまた同じ思いでこの土地の自然を見ているのだと感じた。  いつしか私たちは見渡すかぎりのカリブーの海の中にいた。心地良い極北の風に吹かれ、旅を続けるカリブーの足元の小さな花が揺れていた。時折まだ生まれて間もないカリブーの子が、私たちを不思議そうに見つめながら立ち止まった。が、何かを理解したのか、母親の後をすぐに追いかけて走っていった。やがて大群は波のように去り、ツンドラの彼方(かなた)へ一頭残らず消えていった。私たちは言葉もなく、ひとつの時代を見送るかのように立ち尽くしていた。
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