
ちょこ
@chocorate
2026年2月24日
乱読のセレンディピティ
外山滋比古
読み終わった
セレンディピティ(英語: serendipity)とは、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つける
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一般に、乱読は速読である。それを粗雑な読みのように考えるのは偏見である。ゆっくり読んだのではとり逃すものを、風のように速く読むものが、案外、得るところが大きいということもあろう。乱読の効用である。本の数が少なく、貴重で手に入りにくかった時代に、精読が称揚されるのは自然で妥当である。しかし、いまは違う。本はあふれるように多いのに、読む時間が少ない。そういう状況においてこそ、乱読の価値を見出さなくてはならない。本が読まれなくなった、本ばなれがすすんでいるといわれる近年、乱読のよさに気づくこと自体が、セレンディピティであると言ってもよい。積極的な乱読は、従来の読書ではまれにしか見られなかったセレンディピティがかなり多くおこるのではないか。それが、この本の考えである。乱読によって思いがけないものを発見する能力〈セレンディピティ〉が起こることを教えてくれる。 「本は身ゼニを切って買うべし」「知識と思考」など、「知の巨人」が思考を養い人生が変わる読み方を伝授 !
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本は買って読むべきとか図書館はよくないとか、読ませたかったら本を禁止しろとか、ちょっと偏っているような同意できない部分も沢山あるけど、やっぱり、うんうんなるほどなと思う部分も沢山ある。人生の先輩。
適当メモ📝
-ひとの意見によることもなく、自分の判断で本を選び、自分のカネで買う。 読んでみて、これはいけない、と思ったら、読みかけでもさっさと放り出す。 手当たり次第、本を買って、読む。読めないものは投げ出す。どうしようと、自由である。
-乱読がよろしい。読み捨てても決して本をバカにしてのことではない。かりそめの読者がしばしば大きなものを掴み取る。
-反復読書 一度でわからなくてもあきらめずに再挑戦してみよ
読書百遍、意思自ら通ず。
-本は風のごとく読むのが良い
-乱読はジャンルにとらわれない。なんでも面白そうなものに飛びつく。 小さな分野の中にこもらないこと。広く知の世界を、好奇心にみちびかれて放浪する。
-読書の化学反応 セレンディピティ 発見のチャンス
知識を増やすのとは別のこと。
-2045年問題 コンピュータの進化で人智を凌駕するのがこの頃と言われてる(本書は2014年発行)
-おしゃべり 乱談 それこそコンピュータにはできない、人間ができること。
おしゃべりの知的創造性。
夢中になって、しゃべりまくっているうちに、他のことばが、自分の心にあるものを触発して新しいことを考えつくということがおこる。
話の端々が、こちらの心の中で小さなセレンディピティをおこすらしい。
畑違いの人を数人あつめるのがよい。
おしゃべりの活力については著者の他の本でも読んだな。人との対話が人間には大事なんだと、おもう!
-知的メタボになってないか?忘却のススメ
睡眠中の忘却で頭がスッキリするのは、頭のゴミ出しがすんでいるから。スポーツに打ち込む人がかえって学力が高いのも同じ理由。
-散歩開眼 ものを考えるのに、歩くことがいかに大切か。
知識を得るには本を読むのがもっとも有効であるが、残念ながら思考力をつけてくれる本は少ない。ものごとを考える思考力を育んでくれるのは3歩である。体にも頭のはたらきにもいいのが散歩。
-朝飯前の仕事 朝は人間の頭も体もたいへんよくはたらく。
最高の状態にあるのは朝の頭。
忘却には快眠。
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乱読、散歩、睡眠による忘却、早起き、おしゃべり。
どれもこれも、うなづける!!!!

