
ジクロロ
@jirowcrew
2026年2月21日
知恵の樹
ウンベルト・マトゥラーナ,
フランシスコ・J.ヴァレーラ
読んでる
他人と共存したいと思うなら、その誰かにとっての確実さ[確信]はーーそれがぼくらにはいかに望ましくないものに見えようとーーぼくら自身の確実さとおなじく有効なものなのだということを理解しなくてはならない。
……
争う者たちが「確信」をもっているとき、争いは、生じた場所ではけっして解決されえない。争いは、ただぼくらが、共=存在が生じるようなもうひとつの場所[反対物の一致を見いだせる、より広いコンテクスト]へと移動したときにのみ、消滅する。
(p.298)
争いの消滅、それは
場所の移動によりはじまるということ。
六・五二一
生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気づく。
(『論理学的論考』 ウィトゲンシュタイン)
確信とその揺らぎ。
消滅とは「共振」のことではないか。
確信という波が重ならないとき、
自身が「主旋律」と捉えているもの以外は
「ノイズ」と見做される。
確信が揺らがない限り、
その波の大きさと速さが不動である限り、
「消滅」という解決はない。
それ(確信)以外のすべては、
彼が不動である限りは
波に逆らうか、無理に合わせるか、
それともその場を去る
(影響の無効化のための逃避)か、
いずれにせよ「不調和」を選択しつつ、
意識を持続(自己を消耗)せざるを得ない。
「消滅」とは、
自己という波が、生来の波形を歪めることなく
自然に(環境に)馴染むこと。馴染ませること。
更新ではなく、生成により成し得ること。
「共=存在が生じるようなもうひとつの場所[反対物の一致を見いだせる、より広いコンテクスト]」
無理して変わる必要はない、
ただ移動して、しっくりくる場所ーー
自分というものが無くなる、
その消失点を、揺らぎながら、
揺蕩いながら探すこと。
