
セアカヒラタゴミムシ
@Hirata_Gomizou
『サボテンを抱く』を読む。
愛とはなんだろうか。相手は良くて、自分は苦痛であることは愛であるはずはない。
愛のような感情を愛だと表現してしまわずに、適切な言葉で過不足なく表現することが愛に近いことな気がする

セアカヒラタゴミムシ
@Hirata_Gomizou
『#cyborg_positive 』を読む。
くらやみの速さはどれくらい、のオマージュのようにも感じた。
能力が向上して均一化した世界は、劣もなければ優もない無個性な社会ではないかという問いかけ。
他者を上げるよりも自信を上げようとする人間の性質も示した。
認めて飲み込んで進むしかない、と思いました。

セアカヒラタゴミムシ
@Hirata_Gomizou
『メロン売りとバイオリン弾き』を読む。
P33 “その年の夏休み、わたしとジュリーは半分オーキッド通りで暮らしていたようなものだ。
大きな家具店の向かいにマーケットストリートが広がり、遠方からの来訪者が目をきょろつかせながらよそ者であることを丸出しにして歩き、わたしたちが物売りたちの合間をかき分けるように走り抜けても誰の目も引かないくらいの、適度に騒がしいエリア。その気ぜわしさと余裕の絶妙なバランスは、人々の関心をわたしたちから引きはがす効果をもたらした。”
二周目に読むと邪推と想像力が働いてしまう。
