ヨル "ある日 読書と断片" 2026年2月27日

ヨル
ヨル
@yoru_no_hon
2026年2月27日
三月九日 土曜日 ⁡本を読みたい、と思うとき、求めているのは、小さな、ひとつの空間なのだろう。自分と本だけの空間。自分と本だけでつくられる空間。自分の両手と、開いた本の形で、ささやかな輪ができる。 あちら側からこちら側へ、こちら側からあちら側へ、翻り、まり、鎮まり、気づけば、とても深いところにいる。p.148 ⁡ . 山本さんの日記を、また本という形で 手にとることができてとてもうれしい。 ⁡ 本が読めないとき、苦しくなったとき 山本さんの本を開く。 多くは語られない、その日記の余白の中に、 急がなくていい、ゆっくでいいよ、と ⁡そっと書いてあるような気がする。 ⁡ 強く励まされるわけではない。 けれど、そこには確かに呼吸があって、 ゆっくりと紙をめくるあいだに、 自分の呼吸もまた、すこしずつ整っていくのがわかる。 ⁡ よみにくさや、もどかしささえも、 そのまま受けとめていいのだと、 この日記を読むたびに、そう思い出させてくれる。 ⁡ 四月一日 月曜日 ISIKAWA TAKUBOKU 『ROMAZINIKKI』を読んでいる。 読みにくい。しかし、おもしろい。ページに目を落とすと、目が、なじみのない文字列から、逃げたがっているのがわかる。それでも、息をつめてゆっくりと文字を追っていくと、やがて意味が、あらわれる。読むという行為における、あたらしい感覚を、あじわうことができる。書き手が感じていたであろう、書くという行為におけるあたらしさの感覚が、読むものに、ひそやかなかたちで、伝えられる。もし、遅さともどかしさをいとわなければ。p.8 六月二一日火曜日 夏至。雨音に閉じこめられて、家にいる。紙を折っている。四年前につくった(本)。 ひとつの感情は結晶になって、そののち融けて、ゆらゆら漂い、今はどこかの岸にいる。 遠い岸。 水のやうになることそしてみづからでありながらみづからを消すこと   永井陽子 本をつくること。水のように。p.48 一月二七日 月曜日 暗い灰青の空にこまかいうろこ雲がいちめんにひろがり、その奥に、ひとつ、星が見えた。今日は、箔押しの見本をじいっと眺めていたから、そのせいで、星のかがやきから、箔のきらめきに、思いがうつっていった。色のもこもこした風合いの紙に、青っほい銀でなく、黄色っぽい銀で、文字を刷ったら、きっと綺麗だ。光は、言葉なのだろう。はるかむかし、発せられた言葉が、いま、届いた。 「ただ出口がひとつ欲しかったのです」。 本という存在によって、暗い場所から抜け出せるちいさな出口を見つけ、そこから、おそるおそる歩いてきた、猿としての、自分の姿が見える。 ⁡ ⁡ . ⁡ これからも山本さんの日記本たのしみにしてます...!!!
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