Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
ヨル
ヨル
ヨル
@yoru_no_hon
本のこと 日々のことをつらつら書きます。
  • 2026年1月9日
    「好き」を言語化する技術
  • 2026年1月4日
    ゴリラの森で考える
    本ゴリのみんなと読む今年最初の課題本。序文からおもしろい!わたしも自然と踊るような暮らしがしたい!!
  • 2026年1月4日
    殺しへのライン
    殺しへのライン
    新年一発目の読了本。新年早々殺人事件なんて、とか思ってたけど、やっぱりおもしろいね~たのしいね~。ホーソーンの過去気になるね~。
  • 2025年12月28日
    その裁きは死
    その裁きは死
    どちらかといえば〈アティカス・ピュント〉シリーズの方がすきだったけど、この本を読んでから〈ホーソーン&アンソニー〉シリーズも、案外好きかもしれないと気づく。
  • 2025年12月27日
    おいしくってありがとう 味な副音声の本
    ただのグルメエッセイではなくて、食べることを通して世界と関係を結び直していくような感覚になる。わたし自身、食べるのも作るのも好きだけれど、つい「おいしい」「かわいい」で終わってしまうことも多い。この本を読んでからは、ひと口の向こう側にいる人や時間を想像してみたくなった。 この本をプレゼントしてくれた友に感謝///
  • 2025年12月24日
    飛ぶ教室
    飛ぶ教室
    『飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー(著) 今年のクリスマスにようやく読めた。 この物語が、言葉や思想が縛られ、人を疑うことが強いられていたナチス時代に書かれたことを思うと、いろいろ考えさせられる。 特に印象的なのは、子どもたちが大人を信じていたこと。道理さんや禁煙さんは、正しさを押しつける大人ではなく、子どもたちの弱さや迷いを理解し、そっとそばで見守る大人として描かれている。その姿は、人を信じること自体が揺らぎやすい時代にあって、ひとつの希望の形だったのではないかと思う。
    飛ぶ教室
  • 2025年12月23日
    酒場の君
    酒場の君
    武塙さんの文章すきだなあ~と改めて思う。「焼き鳥屋で絶妙なタイミングで出されるすなぎもみたいですよね」(p168)と言った編集者さんの言葉がまさにぴったりだと思った。 酒場で一杯やりながら本を読むということに憧れる。
  • 2025年12月21日
    臨床真理 (角川文庫)
    同県出身ということで、いつか読んでみようと思っていた作家さん。図書館本。エンタメ小説らしい疾走感がよかった。
  • 2025年12月19日
    ソーネチカ
    ソーネチカ
    語らず、抗わず、ただ本を読み続けるソーネチカの生き方は、優しさなのか、強さなのか、考えさせられる。夫婦がユダヤ人であることや、時代の空気は多くを語られないけれど、その沈黙の中に、歴史や政治が確かに滲んでいた。ソーネチカの人生を読んでいたはずなのに、いつの間にか時代そのものを見つめていたようだった。
  • 2025年12月11日
    カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ
    カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ
    4人はそれぞれに揺れを抱えながらも、ちゃんと相手を知ろうとしている。その姿勢にあたたかさがあって、関係の複雑さがより深く染みてくる。 人間関係の曖昧さや不確かさを、きれい事にせずそのまま描いているところがこの物語の最大の魅力だと思う。 フランシスとニックの関係は “正しい” とは言えないけれど、不思議と目をそらせなくて、逆にそれでもいいと思えてしまう。 完璧じゃなくても、誰かを理解しようとする気持ちってやっぱり美しい!と思わせてくれる一冊。
  • 2025年12月7日
    カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ
    カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ
    一昨日から読み始めた、『カンバーセーションズ・ウィズ・フレンズ』タイトルがカタカナで長くていつまでも覚えられない。 主人公フランシスの一人称で語られるんだけど、複雑な人間関係が浮き彫りになってきて、どんどん癖になっていくのがわかる。どうなっちゃうのよ、フランシス。
  • 2025年12月7日
    嵐が丘
    嵐が丘
    最後はそうなってよかったあというような展開で、なんとも言えない穏やかな気持ちになる。“ ネリーの語りをロックヴットが聞く”という物語の構造が、最後にしっかり効いて、読後感をより深いものにしてくれている気がする。 そして、古典文学を読んで素直に、おもしろかったあ、よかったあ、と思えたことがなによりうれしい。(こんなにおもしろく古典文学を読めたのは『カラマーゾフの兄弟』以来だったかも!) 『嵐が丘』は恋愛小説として語られることが多いけれど、わたしの中では“恋愛”というより、人間の感情と情念が濃密に絡み合う物語だった。キャサリンとヒースクリフは本当に「恋愛」でいう好き同士なのか?自分の一部みたいに感じてしまう激しい依存や同一化だったのではないか?そんなことも考えながら読めた一冊だった。 (田中ニシ二郎訳の方には、なんと巻末に相関図や物語の年譜までついていた!とっっってもありがたい。)
  • 2025年11月30日
    嵐が丘
    嵐が丘
    ヒースクリフがどんどん酷いやつになってきているけど、それ以上にキャサリンのわがままっぷりが目につく。見たくもない茶番劇を見せられ、自分がまいた種でしょ?と軽くあしらうしかないディーンに同情する。読む手がとまらないので総じておもしろく読んでいるということです。上巻読了。 手にとったのは田中西二郎訳で読みやすいのだけど、鴻巣友季子訳も気になる。
  • 2025年11月22日
    フランケンシュタイン
    フランケンシュタイン
    ヴィクターに対してこれっぽっちも憐れみの念を抱かないのは、わたしがこの時代に生まれたからだろうか。とにかく怪物が不憫でならない。自分の作ったものにもっと責任を持てよと思ってしまう。人間性とは何か、ということを常に考えさせられる。
  • 2025年11月9日
    フランケンシュタイン
    フランケンシュタイン
    1109 息子がインフルエンザA型にかかり、もれなくわたしもそれに。久しぶりかかったので辛さを忘れていたのだが......これほどまでだったとは。ようやく体調も戻ってきたが、扁桃腺も持っているので喉を一番にやられ、常に飴が手放せない状況。トローチは苦手なのでヴィックスの飴を常備している。 振替休日もあり、息子は火曜日から学校なのだがまだ咳がひどく行けるだろうか、と悩んでいる。咳と鼻水が出る以外はもう大丈夫で元気すぎるぐらい元気なのだが。 全国的に流行っているようなのでみなさんもお気をつけくださいの気持ち。 読書の方は、まえがきで満足して積んでしまっていた『フランケンシュタイン』を開く。 冒頭は姉に宛てた手紙からはじまるのだけど、一章すべてが手紙で語られる構成になっているようだ。北極に航海にきているウォルトンという青年からの手紙。ここからどうあのフランケンシュタインの話しになっていくのか全く想像できない。
  • 2025年11月6日
    塩一トンの読書
    『「ひとりの人を理解するまでには、すくなくも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」 (中略) 文学で古典といわれる作品を読んでいて、ふと、いまでもこの塩の話を思い出すことがある。この場合、相手は書物で、人間ではないのだから、「塩をいっしょに舐める」というのもちょっとおかしいのだけれど、すみからすみまで理解しつくすことの難しさにおいてなら、本、とくに古典とのつきあいは、人間どうしの関係に似ているかもしれない。読むたびに、それまで気がつかなかった、あたらしい面がそういった本にはかくされていて、ああこんなことが書いてあったのか、と新鮮なおどろきに出会いつづける。』p.10~ 本のすべて理解したいと思っても、そんなことは到底できないわけで、わたしの理解力の乏しさに、たのしいはずである読書が、まるで修行をしているかのように苦しい時がある。「塩をいっしょに舐める」という言葉がまさしくわたしには当てはまった。その分、自分なりに理解できたり、納得した解釈が見つけられた時の感慨はひとしおなのだけど。 『長いことつきあっている人でも、なにかの拍子に、あっと思うようなことがあって衝撃をうけるように、古典には、目に見えない無数の襞が隠されていて、読み返すたびに、それまで見えなかった襞がふいに見えてくることがある。しかも、ートンの塩とおなじで、その襞は、相手を理解したいと思いつづける人間にだけ、ほんの少しずつ、開かれる。』p.11~ 須賀敦子の解釈を読んでたら、ずっと懸念してた谷崎潤一郎の『細雪』も読んでみたくなった。
    塩一トンの読書
  • 2025年10月20日
    13歳からの地政学
    読みやすかった。
  • 2025年10月2日
    ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2
    ブレイディさんの本を読んでると世界を知りたくなる。無知な自分を恥じる。もっと勉強したくなる。 「誰かのことをよく考えるっていうのは、その人をリスペクトしてるってことだもんね」p.31 「ヒジャブは女性への抑圧と差別のシンボルだから、一国のリーダーならよけいに被ってほしくない。」p.28 「この曲を作ったのはサム・クックですが、彼にインスピレーションを与えたのはボブ・デイランでもありました。ボブ・ディランの『風に吹かれて』というプロテスト・ソングを聞いたサム・クックが、それに大いに触発され、自分もこのような歌を書くべきなのだ、書いてもいいのだ、と思って作った曲が「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」です。そのことを我々は覚えておくべきだと思います」 副校長は一度も「黒人」「白人」という言葉を使わなかった。けれども、白人のボブ・デイランが人種差別に抗議する曲をつくり、それに黒人のサム・クックが触発されたという、人種の垣根を超えたインスピレーションについて語っているのは明らかだった。p.40 「僕自身も大好きな曲だから、妙な加工を施して台無しにはしてほしくない。でも、他人を罵倒するときに「FAGGOT』という言葉が平気で使われた時代があったことは忘れるべきではないし、この曲を覚えた小さな子どもが『FAGGOT』と嬉しそうに大声で歌っている婆はやっぱり見たくない。大人は、この言葉がどういう言葉なのかきちんと子どもに説明する必要があると思う」p.182
    ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2
  • 2025年9月13日
    読書の日記
    読書の日記
    阿久津さんの日記を読んでいると自分も日記を書きたくなって、少し読んでは自分も書いてまた少し読んで書いて...の繰り返し。永遠に読み終わらないかもとも思ったし、永遠に読み終わらなくてもいいと思いながら読んでいたけど、ついに読み終わってしまった。でも大丈夫、続きはちゃんと手元にあるの。《食べるように読んでいる》わたしも阿久津さんの日記を食べるように読んでいるのだと思うの。
    読書の日記
  • 2025年9月10日
    もものかんづめ
    もものかんづめ
    今週末に従姉妹と《さくらももこ展》にいくので『もものかんづめ』をひっぱりだしてくる。文庫本よりも単行本のフォルムがかわいいので集め直したくなっている。 あんなにおもしろおかしく書かれているエッセーだけど、最後に「メルヘン翁」のよせられたコメントに対して書かれていた文章が印象的。わたしの家も同じような状況だったから少しわかるなあと思いながら、それをキッパリと言葉にしている著者がかっこいいなあと思った。 『私は、血のつながりよりも、接する事になったその人を、自分はどう感じるか、自分はその人を好きか嫌いか、という事からつきあいを始めている。私は両親が好きだ。姉も好きだ。血のつながり以前の基本的な想いである。そしてそれが愛情へと行きついている。もちろん、親は子供が産まれた時点で好き嫌いなどとうに超えて愛情を注いでいるし、私自身もそれを感じて育ってきたから、今まで好きや嫌い等といった気持ちは、親に対してもった事もない。だか らこれは"身内だから"とか"血がつながっているから"等という前提をはずしたうえで、個人としての考え方や方向性の、好きか嫌いかを見た場合の感想である。』(p217) 最後の結婚したあと性が変わったことに対してのことばも印象的。 『私は、親の所有物として生きてきたつもりはなく、親もそのような気持ちを持った事は一度もないと思う。 親にとって私や姉は、お腹の中からやってきた、これから一緒に喜んだり悲しんだりする、いとおしい仲間であった。 父は、自分が姓が変わってしまう経験がなかったものだから、何だか一層感極まってしまったのであろう。 姓が変わる事なんて、そんなにたいした事はない。水だって、行きたくて空へ昇って、固まって落ちてきたら雪と呼ばれるようになる。それと同じだ。私も行きたくてお嫁に行って呼び名が変わった。 雪は溶けてまた水と呼ばれるようになる。できる事なら私は万年雪でありたいと願う。』(p232)
    もものかんづめ
読み込み中...