アツシ "読書と暴動 プッシー・ライオ..." 2026年2月28日

アツシ
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@atsushi
2026年2月28日
読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門
読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門
ナージャ・トロコンニコワ,
清水知子,
野中モモ
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@atsushi
世に広く伝播している一つの誤解がある。 すなわち、政治闘争は未だに退屈なものだと思われている。 週に5分間だけ、暗い表情で仕方なしにやるもので、後はできるだけ距離を置いておくべきだというように。 けれども、それは朝の歯磨きのようなもの。 すごく楽しいわけではないけれど、誰もがしなくてはならないものなのだ 現実を芸術的に分類していく行為はいつでも私の一番のお気に入りだ。 なぜならその不条理と狂気を通してどんな形であれ「物事に順序を立てていく工程には最初からバイアスがかかっている」という単純な事実が明らかにされるから。 情報をランダムに分類する芸術的な試みとしてのコラージュは私たちが他のタイプの分類、 つまり男らしい振る舞いであったり女らしい振る舞いなどといったくだらない線引きを標準化し 慣れてしまわないための助けとなる。 人生には終着点がある。 だとしたら嘆きと悲しみから喜びに満ちた1分1秒を取り戻さなくてどうするのか?ただ生き延びているだけなんてまっぴら。そうではなく、生きたいのだ。 エーリッヒフロムの言葉で言えば、「私は所有するより存在したいのだ。」 政治の専門家とエリート主義は行き過ぎてしまった人々を孤立させる動きも行き過ぎてしまった。 これらは一枚のコインの裏と表であり、私たちはこのコインが自分のものではないこともしっかりわかっている。 集団での政治行動に参加しなくなるにつれ、自分が個人として力を持ち、さまざまな運動に加わって反撃できるのだと信じるのはますます難しくなる。 国の運営はプロが決めるのだと信じるとき私たちは政治的革命あるいは革新的変化もまた 自分たちの代わりにどこかのプロによってなされるものだと考え始める 残念でした。 私たちは醜い工場をアウトソーシングできても政治的行動はアウトソーシングできない。 社会参加と関与が不足した結果、私たちは現在立っている地点、すなわち政治的絶望と社会的阻害の瞬間、機械平等がまるで冗談のように聞こえる状況に至った。 逮捕とは宗教的と言えるような体験だ。 逮捕された瞬間、自分は世界をコントロールできるという自己中心的な自信が突然奪われる
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私にとってフェミニズムとは一体何なのか? フェミニズムとはジェンダーや性役割に基づいて人々に向けられる 「どのような振る舞いをすべきか」の行き過ぎた期待を取り除く あらゆる人間には自分には尊厳があると信じたがっている。 非人間化にさらなる非人間化で答えれば、相手はたやすくあなたの言葉と感情を無視し、汚名を着せ、刑務所に入れ、あなたの命を奪うだろう。 私を叩きのめしたがっている、あるいは破壊したがっている人々の多くは、本当のところはただハグが必要だっただけだ。
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