中村 "地元を生きる" 2026年2月27日

中村
中村
@boldmove33
2026年2月27日
地元を生きる
地元を生きる
上原健太郎,
上間陽子,
岸政彦,
打越正行
初めて沖縄を旅行することになったので本書を手に取った。これは沖縄を調査地に選んだフィールドワーカーたちによる論文集である。これまで沖縄やその土地で生まれ育った人びとを理解するために使用されてきた「沖縄的共同体」という概念が必ずしも現実を反映していないと指摘し、社会格差という切り口から照らすことで沖縄的共同体の多面性を明らかにしようと試みている。岸による方法論の整理や打越の生き生きとした記述、上間の強い問題意識に駆動される文章が美しかった。 >基地依存型輸入経済という枠組みが戦後復興の初期条件となり、その帰結として、戦後沖縄は零細サービス業中心の産業構造を形成するに至った。そして復帰以降は、財政依存型の経済へシフトしていった。一方で、零細サービス業は中心の産業構造は、九〇年代以降も大きくは変わっておらず、依然として、沖縄の経済的特性の中核を占める。(p. 12) >しかしくり返すが、従来の研究は、共同性の性質とその変化、あるいはその機能に議論が集中してきた反面、社会的な地位が異なる人びとが、それぞれの日常生活において共同性をどのように経験しているのかという問いを十分には採用してこなかったのではないだろうか、社会的位置が異なれば、そこで生きられる日常生活やその経験のない実も異なるとする見方は社会学の知的伝統である。(p. 49) >しかし、生活史調査における語りが、聞き手と語り手の相互作用で「つくられる」というときの「つくられる」という言葉の意味は、「恣意的」ということをまったく意味しない。語りが語り手と聞き手からつくられるからといって、私たちはいかなる場合においても、どんな語りでも、自由につくれるわけではないし、相互作用のプロセスによって思わぬ展開になることはあっても、そこで語られた語りが現実と何の接点もないということも意味しない。いくら調査の現場の相互作用において共同的な達成がみられたとしても、語りを「無」からつくりだすことはできないのだ。(p. 63) >沖縄的な文化は、幼少の頃から慣れ親しんで身体化されてきているものではなく、むしろ大人になってから、イベントのために、習い事的に習得されるものなのである。(p. 98) >そんなに詳しくは自分で考えてるわけじゃないけど。イチャバリバチョーデーっていう言葉、あれも最近出てきて、沖縄にも定着したんだけど、要するに出会ったら兄弟の如くという。なぜ人と接するのに(家族主義的な)兄弟をイメージしなきゃいかんのだという(笑)。そのアナロジーを使わないと、人と接することができない、みたいなわけでしょう、逆にいうと。いままであんなこと言わずとも、適当に接して交流したはずなのに。あれを本土で、プラスイメージでどんどん宣伝していうから、沖縄の人も、われわれはそういうもんだと、なんか自分たちでもそう言い始めた。あの言葉自体が新しい言葉だし。(p. 123) >タカヤを中心とする若者集団のメンバーは、学歴や経済資本が相対的に乏しく、沖縄の脆弱な経済構造に規定されながらも、与えられた条件内で自らにとって常に「ベストな選択」を模索し、行為を決定してきた。その帰結が、ネットワーク重視の経営実践であり、共同体への没入なのである。没入そのものを無批判に肯定するべきではないが、一方で、〈やりがい〉の搾取という言葉では片づけることができない若者たちの社会的現実を、地域的なコンテクストとの関連で捉え返し、共同体への没入状況を地域内在的に理解する必要があることも、また確かなのである。(p. 261) >この三名の人間関係は、同じ中学で、そのときから変わっていなかった。地元社会から空間的に排除された彼らは、日常生活においてよく暴力をふるっていた。[......]彼らは、沖縄共同体的からの空間的な排除に加えて、沖縄的共同体で積み重ねられていくライフステージからの時間的な排除も経験している。このように、アジトや沖組といった沖縄的共同体から、空間的にそして時間的に排除される過程を、ここでは〈共同体からの排除〉として描いた。(p. 337) >ここからは春菜が、自分の育った環境や自分が起きたことを、ふたつの解釈の方法で納得しようとしていることがわかる。そのひとつは、過去の出来事があったからいまの自分になったと捉えることで、過去の出来事を肯定的に捉えようとするやり方である。そしてもうひとつは、自分の身に起こってしまった体験は、人生という長い時間のなかでは、おそらくすべての人が体験することであり、自分はただ若いうちに体験したにすぎないとして、了解しようとするやり方である。そうしたふたつの解釈の方法で、自分に起こった出来事を捉えることによって、自分に起きたことがらの原因は、家族や過程環境にあるのではないと春奈は考えようとしている。(p. 423) >私たちがまず手がけなくてはならないのは、子どもが自身の生活を話すことをできるようにすることだ。自分の家族のなかで起こっていることを、自分の寂しさをどうにかしてもらえるはずだという信頼感を子どもたちのなかに育むことなくしては、子どもの困難は発見すらなされない。春奈はかつて沈黙していた子どもだった。そして私たちの隣には、いまなお沈黙している無数の春奈たちがいるはずである。(p. 434)
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