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中村
中村
@boldmove33
  • 2025年12月26日
    なぜ人は締め切りを守れないのか
    「なぜ人は締め切りを守れないのか」という問いに対して、本書は、「私たちの〈生きている時間〉と〈締め切りの時間〉がいつもずれているから」と応答する。時間は普遍のものではない。特定の制度や装置(=〈時計〉)によってデザインされる政治的なものである。その代表例が「プロジェクト」であり、これこそが〈締め切りの時間〉を作り出していると筆者は論じる。 俺はほとんど仕事のないプロジェクトに配属されて、毎日が退屈で苦しい。プロジェクトそれ自体の終わりは見えているが、業務の締め切りが緩やかすぎて、俺の〈生きている時間〉に追いついていない。労働者にとってこの事態はひじょうに喜ばしいことなのに、自分の成長を実感できない。それが苦しい。視点を変えれば、これまで俺は外部から与えられたプロジェクトによって、成長させてもらえていたとも言える。筆者の提案する「プロジェクトいじり」(p. 129)は今の俺にとって有意義な提案だった。あと、「丁寧な暮らし動画で映される暮らしは、どうみても嘘である」(p. 141)と言い切っていておもしろかった。なお本書で展開される議論の一部は、難波優輝(2025)『物語化批判の哲学』と重なる。セットで読むとよさそうだ。 > 本当は大切な誰かとゆっくり時間を過ごすべきなのに、あるいは趣味に没頭したいのに、スマホの通知に呼び出された経験がある人は多いだろう。それは価値あることを優先したのではなく、期限を、ひいては締め切りを優先してしまったのである。(p. 70) > 全ての仕事が、誰がやっても同じになるよう分解され、交換可能な状況でこそ、資本は労働者に対して強い立場になる(あなたの代わりはいるのだから)。他方で、労働者としては、自分にしかできない仕事を持っていることは、会社と交渉する際の心強い武器となる。資本と労働者は、労働過程をめぐって、知識や経験を賭けた攻防を行っているのである。(p. 113) > だから、プロジェクトの時間に巻き込まれたとき、私たちはいち早く情動を信頼することが大切だ。プロジェクトから退散するなら、早ければ早い方がいい。(p. 128) > 「迷惑がかかる」[......]この種の発言は、言い方はそれぞれ違えど、ただ「暴走したプロジェクトの皺寄せをみんなで被ろう」と言っているにすぎない。一見、誰か関係者のことを思いやっているようでいて、実は人間よりプロジェクトが優先されているだけだ。人間がさき、プロジェクトはあと、なのだ。(p. 132)
  • 2025年12月23日
    人はなぜ結婚するのか
    結婚とは、他人と支援関係を含む共同生活を構築することであり、近代化の成熟に伴い内部化——すなわち、結婚にあたってその当事者がコントロールできない外部的要素の影響が小さくなること——を強めていると論じている。二者関係の取り決めの中でお互いがその気になって生活をしていくのが結婚である、ということだ。主張が一貫しており、論点も整理されていたからとても読みやすかった。 > 結婚でも子を持つことでも、私たちはその選択を、人生の他の事柄、周囲の人間関係から離れたところで、言ってみれば「真空」のなかで、自分たちの「価値観」に基づいてポンと行うわけではない。私たちの選択は、私たちが置かれた個々の複雑な、しばしば困難な状況に埋め込まれたなかで行われる。したがって、そもそも選択ができなかったり、選択の結果予想できなかった困難に直面したり、不安に悩まされることは現代人にとって当たり前の状態である。(p. 192) > 家族を持つことがそれだけで幸せだという前期近代の固定的モデルが有効性を失い、さまざまにある幸福のなかに家族生活が内部化(オプション化)していく。すると、パートナーを決める上で「一緒にいて楽しい」という要素も重視されるようになっていく。逆に言えば、この要素を提供できない人は、成人の共同性から排除される。(p. 203)
  • 2025年12月6日
    ビジネス人類学の教科書[第2版]
    "ビジネス人類学者になるということそれ自体は、ビジネスへの賛否を表明するものではない。問題の解決や、古くからある現実に対する新たな視点に光をあてる対話へ積極的に関わろうとする意思を表明することである。"(p. 158)/"エスノグラフィーが表すものはコミットメントである。"(p. 49)/ビジネス人類学(ないし産業人類学)がどのようなアプローチや学術的態度からビジネス現象を理解しようとしているかについて知ることができた。人類学を特徴づける手法として「全体論」的な視点が強調されていた。定性的手法に基づく経営学や組織論とどのような違いがあるのかについて知りたかったが、それらと人類学的な全体論の差異を学ぶことができなかった。実証主義的なマーケティング・リサーチと解釈主義的なエスノグラフィーという対比は典型的すぎた。ていうか、経営学における定性的研究がビジネス人類学的な手法を援用していると理解したほうが適切なのかもしれない。あと、アメリカで初めて社会学部を開設したのがシカゴ大学って初めて知った。
  • 2025年10月12日
    親密性の変容
    親密性の変容
    難解で、全く分からなかった!/“今日、自己は、すべての人にとって再帰的自己自覚的達成課題となっている——過去、現在、未来の多少とも連続的な統合なのである。”(p. 51)/“二人がいろいろな問題で一緒になって育んでいく共有の歴史は、必然的に他の人たちを締め出し、他の人たちは、一般化された「外部世界」の一部となっていく。排他性は信頼を保証するものではないが、それにもかかわらず、排他性は、信頼感を触発する重要な要素となるのである。”(p. 207)
  • 2025年10月10日
    悪魔情報
    悪魔情報
    926: 名無しさん:2022/05/05(木) ByTheWayキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!
  • 2025年9月30日
    闘争領域の拡大
    闘争領域の拡大
    "コンピュータ技術者という僕の仕事は要するに、照合すべきもの、合致させるべきもの、合理的判断の基準を増やすことだ。なんの意味もない。はっきりいって、ネガティブなものでさえある。“(p. 104)
  • 2025年9月4日
    習得への情熱
    習得への情熱
    "プロセスこそが何よりも大切だという考えを持ったこと(……)について本人たちは、エゴにとらわれることなく学ぶことだけに専念している証拠だと主張するかもしれないが、本当のところは、自分自身と向き合うことを避けていることへの言い訳にすぎない。"(p. 57)/台湾での試合の一挙手一投足を描写できるのってすごすぎる。/"僕はチェスと文学を学びながら、一個のリュックサックとノートだけを持って世界を旅した。"(p. 88)/ここ羨ましすぎる。/機能的な実用書であると同時に美しいナラティブをもつエッセイだった。
  • 2025年7月30日
    物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために
    “物語化はしばしば他人の理解をもたらすものとして称賛されるが、しばしば他人の容易なパターン化に墜落していく。理解できないことを無理に「理解しようとしない」勇気や、物語に還元できない断片的な声を「断片のまま」受容する想像力が、物語的不正義を抑止する新たな美徳となるだろう”(p. 44)
  • 2025年7月17日
    欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング
    “男性の間では「女が(自分たち)男を癒す」というイメージが、女性の間では「消費が女を癒す」というイメージが、分化して成立していたといえそうです。”(p. 37)
  • 2025年7月16日
    移動と階級
    移動と階級
    “なぜなら、地方移住への関心の高まりは、自己責任思考と競争が高まる新自由主義社会において、社会的に弱い立場に置かれた人たちが生き延びるための、“せざるをえない移動”にもなりつつあるからである。”(p. 100)
  • 2025年6月7日
    なぜ人は自分を責めてしまうのか
    "私も含めて、この世に生きているかぎり、誰に対しても加害をせずには生きていけません。いつも誰かを傷つけているんです。それを自覚してるかどうか。「加害者にも被害者にもなりたくありません」なんて、ムリだし、ありえない。昨今流行りのスローガンほどムカつくものはないですね。"(p. 95)
  • 2025年6月1日
    依存症
    依存症
    "しかし仕事という大人にとっての一大事業も嗜癖になる可能性があるということは、我々がよく言う「働くよろこび」とは一体何かということについて示唆する点がありはしないか。嗜癖的な会館は当然そこに含まれるだろう。だとすれば資本主義社会において働くとは基本的に嗜癖的行為なのだということではないだろうか。"(p. 159)/"あらゆる関係性が二者間で閉じられた時、嗜癖と化していく可能性をはらむ時代になっていると考えるべきだろう。その閉鎖的二者関係は閉鎖的であるがゆえに拘束的でもある。"(p. 165)
  • 2025年5月28日
    急に具合が悪くなる
    急に具合が悪くなる
    "その人が大切な存在になればなるほど、その人に「さようなら」をいう日の手ざわりがより確かになってゆく"(p. 211)/"選択とは偶然を許容する行為であるし、選択において決断されるのは、当該の事柄ではなく、不確定性/偶然性を含んだ事柄に対応する自己の生き方であるということ。〇〇な人だから△△を選ぶ、のではなく、△△を選ぶことで自己が〇〇な人であることが明らかになる。偶然を受け止めるなかでこそ自己と呼ぶに値する存在が可能になるのだと。"(p. 223)
  • 2025年4月29日
    社会は「私」をどうかたちづくるのか (ちくまプリマー新書)
    “自己物語はさまざまな理由によって、その人を余すところなく、また一貫した筋のもとに表した完璧なものになりえません。”(p. 202)/とくに、ギデンズによる自己の再帰的プロジェクトに関する議論および自己物語をめぐる章が興味深かった。くわえて、自己に関連する社会学の基本的な知見をレビューすることができたため勉強になった。
  • 2025年4月5日
    ランサローテ島
    ランサローテ島
    "「私はまわりの人たちにとって良いことしかしたことがありません……」“(p. 66)
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