
Shiori
@schwarzkatzes
2026年3月3日
世界を、こんなふうに見てごらん
日高敏隆
買った
読み終わった
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まぼろしを幻でないと思い込んでしまったものがイリュージョン。
そう定義すると、人間はほとんどイリュージョンだけで世界を作っている事がみえてくる。
真理があると思っているよりは、みなイリュージョンなのだと思い、そのつもりで世界を眺めてごらんなさい。
世界とは、案外、どうにでもなるものだ。
人間には論理を組み立てる能力がかなりあるから、筋が通ると、これは真理だと、思えば思えてしまう。
人間といういきものは、そういうあやしげなものだと考え、それですませてしまうこと。
ゆらぎながら、引き裂かれながら、おおいにイリュージョンの世界を楽しめばいいと思うけれど、結局はさじかげんなのだと思う。
正しく見えることと、本当に正しいかどうかは関係ない。そう見れば見えるというだけの話だ。
神であれ、科学であれ、一つのことにしがみついて精神の基盤とすることは、これまでの人類が抱えてきた弱さ、幼さであり、これからはそういう人間精神の基盤をも相対化しないといけないのではないか。
頼るものがある方が人間は楽だ。それにしたがい、疑問には目をつぶればいいのだから。
どんなものの見方も相対化して考えてごらんなさい。科学もそのうちのひとつの見方として。
自分の精神のよって立つところに、いっさい、これは絶対というところはないと思うと不安になるが、その不安の中で、もがきながら耐えることが、これから生きていくことになるのではないかと僕は思う。
(本文より)
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理科の授業で、人間の目の構造について教えることになった。教科書を開くと、目に入った光が網膜に像を作り、人間はその像を「対象」として見ているらしい。
対して犬の視力は人間ほどなく、ほぼ嗅覚で周囲の状況を把握しているらしい。
つくづく、よくできた構造だな〜と思う。
それぞれの生き物は、その環境と自分自身の構造に合った体の特徴をしている。
見えている(嗅いでいる)世界は全然違っている。人間と犬、どちらが正しいということはない。つまり、人が見ているものはもしかしたら、人間だけが見えている幻想かもしれない。
例えば今私が手にしたマグカップは、緑色に見えるが実は赤色かもしれないし、ちょっと濃いめに入れてしまったコーヒーは、実は苦くないのかもしれない。
何が正体なのかは、実のところ誰にもわからないのではないか。
でもそれだと不安だから、人は脳という器官を使って、常識や普通を作り出したんじゃないか。
そう思うと、目の前に見えているもの、信じているものは全て崩れていく。でも、だからこそ面白いなと思う。
「こうかもしれない」「でも、そもそも前提が間違っているかもしれない」
正体に辿り着くためではなくて、予想したり、違ったりする面白さを味わうことが、著者のいう、これから生きていくことなのかもな。と思いました。
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