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Shiori
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@schwarzkatzes
Shioriと申します。青山美智子さん、梨木香歩さん、漂野凪さん、岸田奈美さん、東畑開人さんが好きです。エッセイ本Loverです。
  • 2026年4月3日
  • 2026年3月27日
    絶望しかけた女子のための世界史
    絶望しかけた女子のための世界史
  • 2026年3月27日
    医療民俗学序説
  • 2026年3月24日
    サピエンス全史 上
    サピエンス全史 上
  • 2026年3月23日
    勉強の哲学 来たるべきバカのために
    むしろ勉強とは、これまでの自分の破壊である
  • 2026年3月13日
    心はどこへ消えた?
    物語は傷つきを核として生まれてくる。 日々のカウンセリングもそうだ。 クライエントが語るのは物語未満のお話だ。 それはまだ生傷であり、痛みがある。だから物語にはなっていない。 核だけが剥き出しになって、きれぎれの話が散乱している。 だけど、それを何度も何度も語り直す。一つの出来事を、違った角度から違った文章で。 すると、きれぎれの話が少しずつつながっていく。物語になっていく。 そのとき、生傷はかさぶたになり、薄い皮膚に覆われるようになる。 物語るとは、傷をやわらかい皮膚で包み込んでいく営みだ。 だから物語は本質的に傷跡なのである。
  • 2026年3月5日
    10代のための座右の銘
    10代のための座右の銘
  • 2026年3月3日
    地球外生命を探る 生命は何処でどのように生まれたのか
    この宇宙の開放系はどのように変化してきたのかと考えると、抵抗に逆らって流れを拡大し、効率化してきた結果、形や構造が変わってきました。 それが、我々が進化と呼ぶ現象です。 文明は発展する必然性を持つということです。我々はなぜ文明を発展させるのかと問われれば、それは、人間圏そのものが開放系であるためです。この宇宙にある他の開放系と同じく、流れを効率化し拡大していくという性質を持つからです。
  • 2026年3月3日
    ミライの源氏物語
    ミライの源氏物語
    自尊心を守るときに、人との比較はいりません。ただ、自分だけに集中して、自分を尊い存在だと感じて、自分の恋愛や仕事に胸を張ればいいのですから。 (本文より) ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 源氏物語といった、古典の受験問題に出てくるような話は、ふーん、そうなのね。という感じの、遠い距離から読むものだと思っていた。 でも、当時の社会制度や慣習はともかく、この子はすごく嫌な思いをしたんじゃないか、と想像することはできる。 そんな読み方をこの本はしている。 無理に当時の人と同じ目線を持とうとせず、現代の目線でこの物語を読んでみると、今では禁じられていることの、その理由がよくわかってくる。 現代では、容姿で人を判断し差別することは、「ルッキズム」と呼ばれ批判されている。 私も幼少期に親戚から、「あなたは父親似で(不細工で)かわいそう」等々言われてから、容姿に対するコンプレックスが強く残っている。 でも改めて考えると、そんな親戚こそ醜い。まだ幼い相手に、暴力的な言葉で長引く傷をつけるなど、アホか!と思える。 今も昔も、変わらないものに絶望する。 でも、変わったものを見て感激したりもする。 古典の世界の、新しい楽しみ方を教えてもらえる一冊でした。
  • 2026年3月3日
    「待つ」ということ
  • 2026年3月3日
  • 2026年3月3日
    人間がいなくなった後の自然
    人間がいなくなった後の自然
  • 2026年3月3日
  • 2026年3月3日
    苦手から始める作文教室
  • 2026年3月3日
    世界を、こんなふうに見てごらん
    ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ まぼろしを幻でないと思い込んでしまったものがイリュージョン。 そう定義すると、人間はほとんどイリュージョンだけで世界を作っている事がみえてくる。 真理があると思っているよりは、みなイリュージョンなのだと思い、そのつもりで世界を眺めてごらんなさい。 世界とは、案外、どうにでもなるものだ。 人間には論理を組み立てる能力がかなりあるから、筋が通ると、これは真理だと、思えば思えてしまう。 人間といういきものは、そういうあやしげなものだと考え、それですませてしまうこと。 ゆらぎながら、引き裂かれながら、おおいにイリュージョンの世界を楽しめばいいと思うけれど、結局はさじかげんなのだと思う。 正しく見えることと、本当に正しいかどうかは関係ない。そう見れば見えるというだけの話だ。 神であれ、科学であれ、一つのことにしがみついて精神の基盤とすることは、これまでの人類が抱えてきた弱さ、幼さであり、これからはそういう人間精神の基盤をも相対化しないといけないのではないか。 頼るものがある方が人間は楽だ。それにしたがい、疑問には目をつぶればいいのだから。 どんなものの見方も相対化して考えてごらんなさい。科学もそのうちのひとつの見方として。 自分の精神のよって立つところに、いっさい、これは絶対というところはないと思うと不安になるが、その不安の中で、もがきながら耐えることが、これから生きていくことになるのではないかと僕は思う。 (本文より) ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 理科の授業で、人間の目の構造について教えることになった。教科書を開くと、目に入った光が網膜に像を作り、人間はその像を「対象」として見ているらしい。 対して犬の視力は人間ほどなく、ほぼ嗅覚で周囲の状況を把握しているらしい。 つくづく、よくできた構造だな〜と思う。 それぞれの生き物は、その環境と自分自身の構造に合った体の特徴をしている。 見えている(嗅いでいる)世界は全然違っている。人間と犬、どちらが正しいということはない。つまり、人が見ているものはもしかしたら、人間だけが見えている幻想かもしれない。 例えば今私が手にしたマグカップは、緑色に見えるが実は赤色かもしれないし、ちょっと濃いめに入れてしまったコーヒーは、実は苦くないのかもしれない。 何が正体なのかは、実のところ誰にもわからないのではないか。 でもそれだと不安だから、人は脳という器官を使って、常識や普通を作り出したんじゃないか。 そう思うと、目の前に見えているもの、信じているものは全て崩れていく。でも、だからこそ面白いなと思う。 「こうかもしれない」「でも、そもそも前提が間違っているかもしれない」 正体に辿り着くためではなくて、予想したり、違ったりする面白さを味わうことが、著者のいう、これから生きていくことなのかもな。と思いました。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
  • 2026年1月31日
    聞くこと、話すこと。
  • 2026年1月31日
    「要するに」って言わないで
    痛みや不安、恐怖といった感覚を感じ切る前に、とにかく取り除こうとするような問題解決のパターンのままでは、自分との対等な関係は築けません。 痛みを、不安を、恐怖を訴えざるを得ない自分の中にいる「その人」の言い分を聞くこと。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 要するにって言わないで 尹雄大 東畑開人さん著、「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」の中に「人は複雑なものを複雑なまま受け取ってもらえたとき、わかってもらえたと感じる」といったような記載があったことを思い出した。 同時に、塾の生徒から質問された「言葉を知る意味」に、「自分の複雑な感情の一部を表す言葉がみつかると、落ち着くから」と答えたことも思い出した。 人間の体は、まず感覚を通して何が起きているのかを把握し、脳がそれに反応するよう指令を出して、動く。それを瞬時にやれるようにできている。 これは生き物としての人の機能で、言葉は後からくっつけたものだ。 その一番最初の、体が反応した感覚を丁寧に感じ取ると、自分がいったいどんな感情になったのか、言葉になる前のふわふわしたものがあることに気づく。 嫌なことを言われて悲しかったとき、どうして自分が傷ついたのか、いかに自分の傷つきが正当なのか、誰かに説明するための言葉探しをする前に 、喉が詰まるような感覚、なんとなく胸の辺りがざわざわする感覚を感じ取ること。 そうすると、説明するために直す過程で埋まってしまいがちな本音がよく見える。 要するにって言わないで、体に浮かんだ感覚や言葉にならないものを、そのまま置いておく。焦らずとも良いのだと、優しく教えてくれる本でした。
  • 2026年1月31日
  • 2026年1月25日
    去られるためにそこにいる
  • 2026年1月18日
    水車小屋のネネ
    水車小屋のネネ
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