溺れるものと救われるもの

3件の記録
すゆ@suyu122026年9月12日読み終わった7年前に訪れた、アウシュビッツの記憶を手繰り寄せながら読んでいった。 当時はショッキングな展示だと思って見ていたもの(遺品の積み上げられた靴の山、大量の髪の毛、毒ガスの空き缶)がもたらした残虐さを知り、実物を見た時以上に重く受け止めた。 レーヴィは、善と悪とで分けようとする極端な単純化に警鐘を鳴らす。 強制収容所に関わっていた人というのは、いたって普通の人だった。ある仕組みに組み込まれれば、特殊な教育を施されれば、誰でも暴力をふるい、罪に加担する可能性があるのだと。 学生の頃に読んだ歴史の教科書は、戦争は終わり、世界は平和に向かっているようにまとめられていた記憶がある。戦争犯罪は、史実は残っている、証言もある、法で罪も裁かれてきた。でも、なぜそのとき犯そうと思ったのか、犯罪の自覚はあったのか。真実はわからない。 既定のことと事実がわかること、人間がわかることは別なのである。安易に結論付けたり、単純化するのではなく、その"曖昧さ"を常に考え続けなければならない… レーヴィが生涯消さなかったという腕に刻まれた囚人番号が、その警告の強さを表しているように感じた。 アウシュビッツの記憶と相まって、私の中でレーヴィの言葉を深く刻まれた感じがした。
ぼぺにゃん@bopenijan_11062025年12月31日かつて読んだまた読みたい前に読んだのは2000年ごろかなあ。第二次大戦終結によりアウシュビッツから解放されたレーヴィが故郷イタリアに帰還するまでの物語。強烈な魅力があり何度も読んだ。アウシュビッツに収容されたレーヴィたちイタリア系ユダヤ人650人のうち、解放まで生き延びたのは3人のみ、という事実を考えるとおもしろいなんていうのがためらわれるけども途方もなくおもしろい 著者にも私にも強烈な印象を与えた、解放後に行動を共にしたギリシャ人のことを検索してみたら徐京植さんの以下のコラムが見つかった。 https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/46471.html - 引用開始 - 狡智にたけた商人である「ギリシャ人」はレーヴィにとって現実を生き抜くための厳しい師匠となる。例えば次のように。 アウシュヴィッツでの囚人服しかなく、ありあわせの靴がすぐにダメになったレーヴィに「ギリシャ人」は、「おまえはばかだな」と言った。「靴を持っていないやつはばかだ」。靴があれば食料を探しに歩き回ることができるが、靴がなくてはそれもできない」というのである。「反論は不可能だった。その論旨の正しさは、目に見え、手に触れることができた。」 - 引用終了 - コラム全体は長文なので後で読もう
