八日目の蝉 (中公文庫)

12件の記録
- しおり@Kaffee58882025年9月16日読み終わった夏休み5冊目📕学生時代以来の再読 夏だから読んでおこうと思いつつ、この話が理解できるほどに大人になったのだと成長を感じつつ。 『なんで私が私だったのか。なんで「私」を引き受けることになってしまったのか』p315 何故、私という存在は私という場所にいる事になってしまったのか。運命、ともいう。避けられない、逃れられない、どうしようもない慣れるしかないもの。選んだものもあるだろう。だが、自分の努力では変えられない「私」という生き物になるしかないこともある。私じゃなくて誰々がよかった、と羨むことも往々として起こる感情だ。だからそれを押さえつけるのではなく、誰かとそうだね嫌だねなんて話して、それで明日も生きなきゃいけない。何を言っても「私」は「私」であることから逃げられないのだから。 昨日に続き、角田光代さん作品を読んでみたが、共通して過去を精算し切るのではなく、過去というものを受け止めつつ、誰かと手を取って、あるいは自分の足で未来へ向かおうとする力がある。話の題材は今回であれば誘拐であり、普通であればかなり鬱々としたものだろう。だが、この作品は二章に分かれており、その後があることでそれだけでは終わらないような構成になっている。 この作品の美しさは小豆島の美しさ、それだけではないだろう。母という存在の美しさ、母性、愛情、全てが優しくて脆い。誰にでも幸せになる権利がある。スタートラインはそれぞれ違うのだから、簡単では無いこともよくある。ただそれでも幸せを選びとって、這いつくばってでも一歩踏み出さなくてはならない。その力をくれるような作品だと思う。
- こちゃ@cocha_book2025年8月14日読み終わった映画があるのは知りつつもほぼ前知識なく読んだ。 誘拐はもちろん犯罪だけど、それに至るまでの背景とか諸々知ってしまうと何ともいたたまれない気持ちになる。 薫を育てている間の慎ましいけれど幸せに満ちた生活。と共に押し寄せる罪悪感と危機感。 薫が大人になってからの描写が特に秀逸すぎて、何度も鳥肌が立った。 確かに思い出は遠ざかるほど色濃くなる。 希和子にとっても薫にとっても、あのたった数年間の記憶がこれからの生きる糧となり道標になるんだろうな。
- haku@itllme2024年8月22日読み終わった初めて角田光代さんの本を手に取った。 何故かわからないけどこのタイトルに惹かれて。 読み始めてからすぐにおかしいと思っていた希和子の行動に自分が少し感情移入しているのがわかった。 彼女とともに薫を抱き抱えて走ってる感覚。 犯罪のはずなのに自分の両手の中にいる子どもへの愛には勝てるわけないと希和子を擁護したくなる気持ちが隠せないくらい自分の中にあった。 第1章はあっという間に読み終わった。 それから薫の話が始まる。 驚きだったのが彼女も岸田という男に希和子と同じような関係性を持たされていたこと。 エンジェルホームに千草と出向き、覚えてないと思っていた記憶が蘇ってきたとき。 憎んでいたはずの希和子のことを自分が母親と思い、愛して愛されていたことが大人になった恵里菜に伝わっていたとわかる彼女の文面は第1章をもう一度読み返したくなるような気持ちになった。 最後に希和子が薫らしき人と小豆島へいく船を見ながら過去を思い出す。 "遠ざかれば遠ざかるほど、色鮮やかになる。人の記憶とは、なんと残酷なんだろう" 遠ざかりすぎた希和子と薫は いろんな憎しみを超えて 自分が持っている色鮮やかな、幸せな記憶を抱えたまま生きていくのだと思う。 そんな姿がどうしてもこれからの、今の自分自身に重ねずにはいられなかった。 他の作品も読んでみたい。