私の夢はスイスで安楽死

10件の記録
こまち@0621qtkiu2026年8月11日「私がいなくなった後、両親はちゃんと生きていけるだろうか?」 半ば無理やり決めたスイス行きだったため、そんな心配もしていたのだが、どうやらそれも杞憂だったようだ。
こまち@0621qtkiu2026年8月11日「同調圧力で人が死ぬ」 「障がい者の生きる権利が脅かされる」 安楽死の話題になると必ずと言っていいほどこの言葉が出てくるが、私は過剰な懸念だと考えている。スイスの場合になるが、書類審査や現地面談では、第三者の影響を受けていないかなどきちんとチェックされ、患者の死後も金銭目的のような利己的な理由でほう助していないかなど、死に際の映像資料とともに裁判でルール確認される。
こまち@0621qtkiu2026年8月11日もうひとつ多いのが、精神的に病んでしまっている人からの相談だ。 これはある意味、癌やALSのような難病患者への対応よりも難しい。 というのも、精神疾患のある患者に安楽死を認めるのは極めて困難なことなのである。 身体的な病気とは違い、精神疾患は病状が数値化されない。 つまり、「これくらい辛いのだから、安楽死を認めてほしい」という訴えがどうしても医療者の裁量に委ねられるからだ。 また、「いつか、ふとしたきっかけで病状が良くなるかもしれない」という不確定要素も余計に手を貸しにくくしている。 そのため日本はもちろん、世界的に見ても精神疾患の患者に安楽死を認めている国は極めて少ない。
こまち@0621qtkiu2026年8月8日読み終わった私の担当医がたまたまそういうタイプの人ばかりだったのかもしれないが、「命を救う」「治療する」ということに注力しすぎて、かえって盲目的な医者があまりにも多いのではないか。 もう少し患者の治療満足度とのバランスを考えてくれてもいいのではないかと、私は常々感じている。 良くなりさえすればいい、と患者を無視するような乱暴な治療プランを立てて、ついていけないと言えば腹を立てる。 いつから患者は医師の提案を無条件に全て受け入れることが最善で常識になっているのだろう。 あなたのためを思って、とは言うが、実は一番報われたいと思っているのは「頑張っている自分たち」なのではないか。- t−共読者募集中です!!@GamugAmu2026年1月3日読み終わった読了。 ○著者くらんけさんの意見に激しく共感ーそれは随所に散りばめられている○ 理解されない・孤独、大人の利己心、社会通念に縛られる周囲 Etc.. ぱっと思い出した、生きづらさの源。 しかし著者は形容できない(辛い)人生を経て培う 己の軸(=私が「私」の人生を決定する)。 それは本書を通して貫かれ、読ませる。
まるまる@front_hon2025年10月14日読み終わった家族だとしても、境遇が違えば理解はできない。と頭ではわかったとしても感情が邪魔するもんだ… 死にたいと思ったことはある。だけどまだ、「死ぬ」ことに向けた行動はしたことない。だから分からない部分もたくさんあった。「自分らしく生きてこそ」という考えにはおおいに共感できた…どんなときも誇らしく選択していきたい。


