深い河

16件の記録
- 草原@sogesogesogen2026年3月8日読み終わった大学院の卒業旅行、インド行きの飛行機の中で読了。最初の磯辺の章で泣きそうになった… 今のワラナシは小説に比べ、だいぶ観光地化していた。けど、ハンセン病の物乞いやガンガーに浮く動物の死体などから、聖地としてのワラナシは確かに感じることができた。 宗教について、信仰について、少しだけ理解できた気がする。
RIYO BOOKS@riyo_books2024年5月11日読み終わった人間の哀しさが滲む小説を書きたい。それでなければ祈りは出てこない。 グリーンの『燃えつきた人間』を読み始める。いかにも壮年、五十代の小説という作品だ。五十代は迷いの多い年齢という意味でだ。ここにはグリーンの人生の、信仰の迷いが叩きこまれている。私の今度の小説だって同じだ。違うのは七十歳近くになっても私の人生や信仰の迷いは、古い垢のようにとれない。その垢で私は小説を書いているようなものだ。 ──遠藤周作『深い河 創作日記』
- 石坂わたる@ishizakawataru2022年2月21日「私にとって、あなたたちは、誰一人、いらない人はいないのですよ」 「愛とはね、相手が自分にしてほしいと望むことをしてやるのではない。相手が自分にしてほしいと望んでいることを、してやることなのだ。」 「彼女の乳房はもう老婆のように萎びています。でもその萎びた乳房から乳を出して、並んでいる子供たちに与えています。彼女の右足はハンセン氏病のために、ただれているのがわかりますか。腹部も飢えでへこみ、しかもそこには蠍(さそり)が嚙みついているでしょう。彼女はそんな病苦や痛みに耐えながらも、萎びた乳房から人間に乳を与えているのです。」 「イエスという名を聞いただけで敬遠なさるでしょう。ならばイエスという名を愛という名にしてください。愛という言葉が肌ざむく白けるようでしたら、命のぬくもりでもいい、そう呼んでください。それがイヤならいつもの玉ねぎでもいい。」 「玉ねぎがこの町に寄られたら、彼こそ行き倒れを背中に背負って火葬場に行かれたと思うんです。ちょうど生きている時、彼が十字架を背にのせて運んだように。」 「でも結局は、玉ねぎがヨーロッパの基督教だけではなくヒンズー教のなかにも、仏教のなかにも、生きておられると思うからです。」 「本当に馬鹿よ。あんな玉ねぎ(神)のために一生を棒に振って。あなたが玉ねぎ(神)のまねをしたからって、この憎しみとエゴイズムしかない世の中が変わる筈はないの。あなたはあっちこっちで追い出され、揚句の果て、首を折って、死人の担架で運ばれて。あなたは結局無力だったじゃないの」 「さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集まり通ずる様々な道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった道をたどろうとかまわないではないか。」 「神は神を信じない人もふくめて人間を救う。よくないこともふくめて、人間を救う」 「ガンジス河は指の腐った手を差し出す物乞いの女も殺されたガンジー首相も同じように拒まず一人一人の灰をのみこんで流れていきます。 玉ねぎという愛の河はどんな醜い人間もどんなよごれた人間すべても拒まず受け入れて流れます。」 「信じられるのは、それぞれの人がそれぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です。その人たちを包んで、河が流れていることです。人間の河。人間の深い河の悲しみ。」














