教養の再生のために: 危機の時代の想像力

教養の再生のために: 危機の時代の想像力
教養の再生のために: 危機の時代の想像力
加藤周一
影書房
2005年2月1日
7件の記録
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年6月11日
    p.162-168/168 --- "「もう危ないよ、もう壊れているんだよ」ということを証言するその証人が、自殺していく時代がいまの時代だ"(p.166) "「人間は徳と知を求める存在である」ということを、はじめから私たちは決め込むわけにはいかないのですね。人間は徳と知を求めるとされてきたけれども、実はみずから進んで野蛮化・機械化する存在なのだということなのです。しかしそれを放置していることはできない。そのために必要な教養とは、自分のいる場所を世界のなかで広くとらえる、歴史のなかでとらえることができる、内側と外側から見ることができる、つまり他者の目から見ることができる、ということです。"(p.166) "難しいことや複雑なことを拒否し避けていくと、われわれはますます(略)自分自身をみずから進んで野蛮化し機械化する"(p.167) "いまはまさに私も含む皆さんのような一般大衆こそが、このような教養の担い手となって、この社会を少しでも良くしていく、良くしていくことまではできなくても、この社会の破滅を一分でも二分でも遅らせるために努力しなければならない時代、それが現代ではないか"(p.168) --- いままさに改めて読み直されるべき本ではと思う。 学部生のころに大学の図書館で借りた本の中で一番価値のあった本。本当に大切な本。 私がそれまで、曖昧に漠然とただ「勉強しなければ」、「賢くなりたい」、と思い考え続けてきたそのことの意味が、自分ではきちんと言葉にできていなかったその意味がこの本にすべて詰まってたと思った。 手元に置いておきたくて、色々探してる古本で購入。これからも何回でも読み直したい。
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年6月10日
    p.142-162/168 --- "「ヒューマニズムとは、人間の機械化から人間を擁護する人間の思想である。割切れない始末に困る人間性の認知を不断に持って、懸命にその解決を求め続ける精神である。(略)この精神を喪失することは、制度や思想の機械になることである。」"(p.145) "つまりこの「ヒューマニズム」は、人間性というものはかくかくしかじかであるという解答を与えているのではないのです。そうではなくて、人間性というものが始末におえないということを知りつつもそれを絶えず問い直していくという思想、それがヒューマニズムなのだということです。"(p.146) "ただ自らの良心の証明や精神の自由を守るということのみに終わっていてはならない(略)一九四〇年代という時代を経て、いま、二〇〇四年の教養に問われていることは、みずからの精神の自由を守るだけではなく、いかにしてこの野蛮や機械化への傾斜というものを実際に阻む力になることができるか、ということ"(p.152) "プリーモ・レーヴィはのちに、(略)「教養は、私にとってアウシュヴィッツを生き延びることに役立った」と書いています。教養は、いまのこの強制労働を逃れるために、あるいは一匙でも多く人より物を食べるためには役立たない。しかし自分がいまここで受けている苦難というものを、より広い世界と歴史のなかで見る、つまり「外」の存在を認識する"(p.161) --- あとちょびっと読んでしまいたかったのだけども、虫がぺっちゃんこでへばり挟まってて心が折れた(古本)。翌朝になって、このまんま挟まり続けてたら成仏もできんやろうと思ってその部分切り取って捨ててやりました。私なりの情け。
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年6月8日
    p.124-142/168 --- "望ましい教養というのは、いろいろな領域、いろいろな文化の間を動くときの自由さ、柔軟さみたいなものだと思う。"(p.127) "ただ天から降ってきたように、北朝鮮は絶対悪だと決めつけて、どう対応するのかといくら騒いでいてもラチがあかないと思います。立場を変えて見ることは、政策上も致命的に大事だと思います。また日常生活でも。そのためには教養が大いに役立つでしょう。"(p.128) "実際にそのときに、平和や民主主義、自由や人権や人間の尊厳を守ろうとする勢力の数が、世界において多かったか少なかったかということではないのです。そうではなく、そのような立場に立つ人の側に大義があり、合理性があるということです。いまここでそれがどんなに少数に見えようとも、自分たちは最終的に孤立しているのではないのだという信頼、確信を得ることができるためには、つまりは教養が必要なのだということです。"(p.142) ---
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年5月12日
    p.98-124/168 --- "六八年という年はたいへん重要な年で、アメリカではベトナム反戦運動、フランス、ドイツなど、ヨーロッパでも学生はんら、日本でも大学闘争がさかんに闘われた年でした。(略)六八年は同時に「プラハの春」の時代でした。"(p.100) "ですから「資本主義」対「社会主義」で「資本主義」が勝ったということではなくて、「純粋社会主義」対「不純な資本主義」(=資本主義プラス社会主義)というものの対立において、「資本主義プラス社会主義」のほうがよかったということ"(p.119) --- もう少し進んでキリの良いところまで読みたかったのだけれども眠くてきちんと読めてない状態になってきたため断念。
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年5月11日
    p.74-98/168 --- "教養というものの本質の一側面を雄弁に語っている(略)みずからを閉じ込めている国家とか社会とかというものを外から見るような視点や視野を持ちうるかどうかということ"(※黄)(p.82) "戦争そのものは非常に残酷で、植民地主義的な膨張主義でしょう。極端な差別の暴力による強制(略)教養が、そういう戦争を批判するのに役立たないような教養だったら、そんなものは紙くずだ"(p.92) "戦争をどう見るかということが、一九四五年八月が解放であるか、解放でないかということに繋がるわけです。現在の憲法に対する態度にも繋がる。現在の憲法を軽々しく変えようという人は、それを解放だと感じなかったということですね。本当に解放だと思わなかった人は、前の軍国主義の体制に対して、根本的には批判的でないということです。"(p.95) ---
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年4月29日
    p.22-74/168 --- "私は差別というものは孤立していないと考えています。明治以後の日本に強くあった差別の一つは、朝鮮半島の人たちに対する民族差別です。そういう差別と男女差別と、貧富の差による差別は、みんなつながっている。差別は一つであって、反対するか、支持するか、どちらかです。この差別だけは反対で、この差別だけは賛成ということはありえないし、私はそういう人を信用しない。(※橙)"(p.44) "前提としてまずは戦争、それから貧困をなくさなければならない。それを全うできるとは誰も思わないでしょう。しかし、そういう理想に対する執念を作り出すことがそもそも教養の役割でもあるはず(※赤)"(p.52) "もし、アメリカが踏み切ろうとしている行為が人類に対する罪に他ならないと判断するなら、それに対して何をする用意が自分にあるのだろう、(略)せめて市民的不服従(civil desobedience)に値する行動を起こすべきだろう、と考えました。しかし「忙しさ」を理由に、結局なにもしませんでした。(略)いまの生活で何がほんとうに大切で、何は捨ててもよいか、と基本的考察を怠ってきたことを感じざるをえません。"(p.64) "経済の低迷を不平等の口実にしては取り返しのつかないことになりかねません(※橙)"(p.64) --- 線を引くところがいっぱいある。世界がどんどん混沌としてきているいまこそもう一度読まれるべき本。
  • 由々
    由々
    @kk_2329
    2026年4月22日
    0-p.22/168 --- --- 学部生時代に読んで、ずっと忘れられない本になると思った本。手元に置いておきたくて中古でなんとか手に入れて、久しぶりの再読。
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