今ここを生きる勇気
3件の記録
- HW@HW2026年7月20日読み終わった死への関わりを介護の点で考察する。 不幸な親子関係であって子が介護を拒否する、それは権利としてあっていいし、ただ人に強く言えず流されるままの介護なのであれば、むしろ自分の権利を主張すべきか。 でも自分と他者との関係を深く考え自分の人生の責任として見つめることができたら、関わるべきだろうか。 依存的な介護はある。自己愛的な。介護することによって介護者の実人生から逃げているように見える人もいる。その人は本当のことを自分の胸に手を当てて考えるべきだろうか。 逆に回避的に関わらない人もいる。その人もなにかしらの自分の傷から逃げているのだろう。 結局人は、それまで生きてきたようにしか相手と関われない。あまりにも極端な関係であれば、極端な依存的介護も極端な回避も理解は可能だ。あるいは、関わりかたを変えることによって自分が変わろうとしようとしなければ、変えられない。介護は死にゆく人との最後の関わりとしてものすごくその人と密に関わる作業だから、もし自分が傷つき否定される経験であっても、自分と他者の関係性を見直す上で関わる意味は確実にある。そういう観点で捉えたら介護への視点は変わるだろうか?
積読本を減らしたい@tsundoku-herasu2026年5月10日かつて読んだ老・病・死と向き合うための哲学講義 「生きることは避けることができない人生の課題なので、生きることがたとえどんなに苦しくても、その苦しい人生を生きるという課題から逃れてはいけない」