二十世紀を騒がせた本 増補 (平凡社ライブラリー 290)

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よろこびイサンディ@yorocobi_isandy2026年5月24日読み終わった未来がどのように推移するか、によって、歴史の意味合いが変わってくる。 ある種の常套句のようにして、そのような言葉が語られてきた。 ここのところ、若き名うての経済学者の登場以降、マルクス主義的な思想は、少なくとも日本社会においては再興して来ている。 その趨勢も環境問題への関心が高まりを見せる時代の要請でもあるのだろう。 本書に記載のある事柄から帰納的に考察すれば、社会主義が敗退したあとの時代について、幾分か知ることができ、僕がこの本から受けた最高の恩恵は、90年代からゼロ年代までのそういった時代の空気を感じ取ったことだった。 僕もそのような時代を多少なりと知っているが、イデオロギー対立の敗者として、また、敗退するにあたり、独裁者が為した悪事の数々が白日のもとに晒されたことによって、大衆がアレルギー反応を示す時代が、ゼロ年代までは確実に横臥していた。 この本は、その時代の空気を如実に反映した一冊だった。 著者の筆の力がとても濃厚で、読み手を力強く読了まで牽引してくれる。 それ故、読みさしにしている他の本を差し置いて、読了となった次第だ。 末筆に蛇足ではあるけれど、生成AIが文章を渾々と吐き出す現代にあって、かような書き手は、もう生れ出づることはないかもしれない、という一抹の憂慮を感じたりした。
よろこびイサンディ@yorocobi_isandy2026年5月17日読んでる先だっての帰京に際し、吉祥寺のよみた屋という古本屋で入手した本だった。 題名にあるような二十世紀に著された本についての話を軸として、第二次世界大戦に加え、イデオロギー対立と言った二十世紀に起きた事柄を浮かび上がらせるような様相を呈した一冊と言える。 この本の初版が著されたのは二十世紀末であり、その百年の総括をするような時代的要請を受けた本なのかもしれない。 旧ソビエト連邦における国家経営の礎となるべき農業の、生物学的思想の悪辣な支柱となった、ルィセンコなる人物の著作と愚策について、禄な反省が社会的に為されていないことを、著者が嘆いている、という一例を見ても、二十世紀の総括が試みられるべき、という時代的要請を感じられはしないか。 著者である紀田氏についての個人的な印象は、本の本について、いくつかの著作があったような朧気なる記憶があるばかりである。 今回、初めて読み進めるにあたり、読者を引き込む、著者の筆の誘引する力に引っ張られ、読み進めるのがとても楽しい。 読み進めるのが楽しいのは、本の本だから、というのも大いに手伝っているだろう。 おそらくは今月中に読了を迎えられるのではないか。