悪魔が来りて笛を吹く 金田一耕助ファイル 4

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- 𝕥𝕦𝕞𝕦𝕘𝕦@tumugu2025年7月30日読み終わった読めば読むほどこれまでの映像化で椿美禰子(いわゆるゲストヒロイン的ポジション)が当時のかわいい、きれいめな売り出し中の俳優さんが演じてることに違和感が出る 美禰子は登場してから常に自分の容姿を事あるごとに卑下し、それに対して金田一耕助がいい返し方がわからなくて困惑するっていう描写がとにかく多いのだけど、19歳の女性がまだ会ったばかりの金田一にさえ自分の容姿がよくないことを口に出して言うって相当なトラウマですよ おそらく美禰子が容姿も内面も父親の椿英輔に似ているということ、英輔がパートナーの秌子やその兄新宮利彦、伯父の玉虫元伯爵に疎外されていたことを英輔に似ている美禰子も強く感じとっていたがゆえの母への嫌悪感、母方の血統への忌避感と、自分の容姿を繰り返し自ら下げること(おそらくちいさい頃から秌子にそう刷り込まれて育ったのではないかとさえ思う)はセットになって物語の根幹を成しているのに、映像化では美禰子を美人にしてしまうことで健気な美少女として演出してしまうのもグロテスクだなあと思う 『悪魔が来りて笛を吹く』の映像化作品、吉岡秀隆版は一回観たきりであまり詳細に覚えていないが、古谷一行版は美禰子がはじめて訪ねてきたときに大家さんと「なんてかわいいお嬢さん…」とうっとりするシーンがあり、西田敏行版は最後事件が解決したあとに「あなたなら大丈夫ですよ、賢いし、それにかわいいし」みたいな台詞があり、どちらも可憐な美少女として演出されている 原作の美禰子が自衛と自傷を兼ねた両刃の剣で自分の容姿を下げるたび、これまでこのひとが受けてきただろうかなしみが想像できて胸をかきむしるように苦しい ひとりになりたいときは家の敷地にある防空壕に行って何時間もぼんやりしているという美禰子の孤独 心の傷口からいままさに血を流している子を見るとページの中に手を突っ込んで手を引いて、アイス食べにいこういますぐ!ってできたらいいのに おれにはそれさえできない…(急に何? ストーリーの本筋は横溝らしい複雑な血縁関係に起因する愛憎の話で、横溝作品って大抵一作品にひとりは家父長制の擬人化みたいなヤバ奴が出てくるんだけど『悪魔が来りて笛を吹く』はめずらしく?父方の家系である椿英輔はただ巻き込まれただけで瑕疵がなく、母方の家系である新宮家のヤバさだけが突き抜けているというパターンだった 父親似で容姿にコンプレックスを持ち、それ故に疎外感や孤独を抱いていた美禰子が最後は父親似であることに救いを見出して前向きに生きていくことを決められたことに安堵したと同時に、非常に強い容姿のコンプレックスが伏線としてきれいに回収された原作に対して映像化作品では悉く美禰子を美少女にしてしまっていることによって伏線が機能しなくなってしまったこと、美禰子の孤独の根源をないものにしてしまっていることがやっぱり気になった
- のーと@cute8love2025年3月3日読み終わった映画を何度か観てるけど内容を忘れてたので、読んでみた。 登場人物が多いのと関係を把握するのに苦労。手書きの相関図を作って読んだ。知らない言葉が色々出て来るので調べたりしながら読むのも楽しい。 やっとどんな事件だったのかが分かってスッキリ! 面白かった。