殉教カテリナ車輪

2件の記録
- 堺屋皆人@minahiton2025年9月29日読み終わった2025年ミステリ図像学×本格という稀有なジャンルの謎の中に織り込まれた超絶技巧の仕掛けたっぷり!満足度の高いミステリ。 春頃に読んだのが、大作過ぎて感想が遅くなってしまいました。 これがデビュー作というのだから凄すぎて語彙が吹っ飛ぶ。 この回の鮎川賞選考委員である、島田荘司先生、有栖川有栖先生、綾辻行人先生という、当時でも既に充分レジェンド級作家が、満場一致で選んだのにも頷ける。 ミステリとしての内容だけでも、凄い作品なのに、作中に出てくる絵画も本人によるものなのだから、あらゆる意味で反則レベルの作品。 私はまだ不勉強な身という自覚はあるが、幼少期から国内ミステリを少なからず読んできて、なぜ今まで読む機会がなかったのか、本当に謎。誰かに薦められたり、名作ランキングで見たりする機会が今まで無かったのが、逆に奇跡。 いやぁ、この本に出会えて良かった。 以下、ネタバレあり。(トリックや犯人については触れていないが、先に本を読んでから以外を読んで欲しい) 本作は、作中作の中に出てくる手記に真相が隠されている、という三重構造になっている。 まずは、現在の時間軸から始まり、美術館の事務員・井村の視点で物語は語られる。事務員が偶然見ていた図版を同館に勤める老学芸員・矢部が見たのをきっかけに、学芸員は「謎が、解けた」という不思議な言葉を漏らす。 それを機に、事務員と学芸員がミステリ談義に花を咲かせつつ、本作の魅力である図像学についても彼らの会話の中でわかりやすく解説される。 謎は解けた、というミステリ的な引きもありながら、図像学に関する講釈の内容自体も実に興味深く楽しいので、グイグイと話に引き込まれた。 謎めいた絵画、その作者である画家・東条寺桂の自殺、残された画家の手記……それらを追う学芸員の話。もうワクワクが止まらない。 そして、良質なミステリは、こういう序盤の会話シーンにも、重要な伏線を張り、結末に活かしてくれるものなのですよね。 次の階層は、学芸員・矢部視点。昔、絵のモデルが妻の若い頃に似ている事をきっかけに、東条寺桂の謎めいた絵に隠された意図を追った際の記録。 その画家とその絵を買い取った周辺人物たちの関係や、過去に起こった密室変死事件について探るうちに、東条寺桂の手記を手に入れて……という、ミステリ色がグッと強まる探偵パート。 自殺した画家の故郷を訪ねて、関係者にインタビューする様子が、ドキュメンタリー番組のようで、作中作という事を忘れて、東条寺桂が実在の作家のように思えてくる。作者本人が描いた絵画が、そのリアルさを強める効果があるように思う。 中核である階層は、自殺した画家・東条寺の手記……を、学芸員の矢部が活字化したもの。 手記には、東条寺が絵を描き始めた理由、東条寺に絵を教えたミステリアスな少女・佐野美香との出会いなどが記され、関係者から聞いていた話が次第に繋がっていく。 東条寺と美香の、プラトニックながらも絵の師弟や趣味の友人を超えた関係性も赤裸々に語られ、東条寺が美香に絵のモデルを頼んでいたことが明らかにされる。 そして手記の中盤、佐野美香が絵を出展した美術展の関係者が、ほぼ同時刻、別々の密室で変死するという事件が記される。被害者二人のうち一人は展覧会の審査員で、東条寺の義父である豪徳二。二人目の被害者は、美術展の受賞者・佐野美香。 二人は自殺となっているが、実はあの場にいた関係者の犯行で、同じ犯人、同じ凶器によって殺されたのではないかという推理がなされていく過程は、王道の本格ミステリで、嫌いな人はいないだろう。 そして、さまざまな憶測を整理し、作中推理を否定して、真相が語られ……ない。まま手記(この階層)は終わる。 しかし、それもそのはず。犯人もトリックも既に提示済みだから、ここで終わっているんですね。 その解説が以降に書かれるのですが、序盤でこの手記を事務員・井村に読ませるにあたって、手記は手書きで癖があり読みにくいからワープロで打ち出しておいたと説明されていたが、それを素直に信じて読むミステリファンは少ないでしょう。問題はこの件が、どう活かされてくるのか、であり、その引きも上手い。 手記に何らかの仕掛けを警戒しながら読み進めると、所々違和感を感じたり、辻褄が合わないように感じる部分に引っかかるのだけど、その違和感が最後に判明した時の爽快感は、読んだ者同士で握手したくなる。こういうの大好物。未読の方はぜひ体験してもらいたい。 そして、その手記の仕掛けの部分、井村君には伏せられていたけれど、読者には隠されていたどころか、めちゃくちゃバーンてわかりやすく目につくところにあるのが最高です。 この文章どっかで……ここじゃん!てなるし、その文章で犯人も自動的に1人に絞れる。 本当、最高ですね。 エピローグの切ない感じとか、色々なやるせなさとか、読後感が尾を引く印象的な人物描写も作品の魅力だと思いますし、選評では矢部さんが好評だったようですが、私のお気に入りは井村君です。 矢部さんとの関係性も、お互いのミステリ好きでその知識を信頼しあう歳の離れた友人のようでありながら、犯人と探偵ようでもあり、ただの職場の同僚という微妙な距離感がいいです。 なんというか井村君は、この濃厚な作品の中で、それを暴く立場の彼があっさりとしたキャラなのが好きで、「僕は普通の事務員です」のセリフ、解決編の推理パートだけでなく、冒頭でもちゃんと言わせてあるのがいい。 オリジナリティ溢れる図像学という素材、王道の本格ミステリ的密室の謎、細部まで張り巡らされ綺麗に解ける仕掛け、私の好きなタイプの探偵役とそれを解いてくれると信頼して仕掛ける犯人という構図、めちゃくちゃ私の好みど真ん中な作品でした。 久々に、名刺代わりの好きなミステリ作品ラインナップ上位に追加する作品が現れました。 このような素晴らしい作品と出会えて嬉しいです。