神話と意味 新装版

2件の記録
糖@inwatermelon_2026年7月19日読み終わったかしこい人が、難しいことを、誰にでも分かるような簡単なことばで話す様は、本当に格好良くて憧れる。 これが真のコミュニケーション力だよな、と思う。 構造主義の祖、レヴィ・ストロースがイギリスのラジオ番組にて聴取者からの質問に答える形で語った講話の編集版。 わたしのようなポンコツでもするすると読めてしまった。 「神話」を科学の進歩の過程で生まれた迷信、未開の象徴として見下すのではなく、アプローチは異なるけれど同様に世界を理解しようとした思考のすがたとして尊重する。 神話と科学、神話と歴史、神話と音楽、⋯様々な概念との比較を通して、それに覆いかぶさった埃を取り払い、輝きを取り戻そうとしてゆく。 「比較」というのは、よく切れるナイフを操るようなものだと思う。 その切れ味、恐ろしさを理解せずに振り回してしまうと、対象を無惨に傷つけ壊してしまう。◯◯は△△よりも弱い・古い・ダサい・劣っている⋯⋯ 深呼吸して、ドーパミンやアドレナリンの暴走をやり過ごし、慎重に、丁寧に、色んな角度から刃を滑らせていく。被われていた殻や皮がきれいに剥ぎ取られ、知らなかったすがたが、隠し持っていた美しさが発見される。 好きなものをもっと好きになったり、何とも思わなかったものや苦手だったものが好きになったりする。 どうしてこれはこんな表現なのか、何で評価されているのか、これとこれのちがいは何なのだろうか。 ファーストインプレッションだけで決めつけない、第二印象、第三印象⋯⋯、記憶をたどって伏線回収するように、思いがけず啓示が降りてくるようにして、AとBとの間にかけがえのないつながりを探す。そのつながりの先に、更なるCやDとの出会いが待っている。 「比較」を、自分の立ち位置を守るために使うのではなく、自分の世界を広げていくために使うということ。 レヴィ・ストロースが言っているのはそんな俗っぽいことではないのだろうけれど、世界への、他者へのやさしい視線をもつことが、ひいては自分の生活を豊かにするんだろうなと再認識した。




