Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
@inwatermelon_
  • 2026年5月17日
    象の旅
    象の旅
    16世紀、ポルトガル・リスボンからオーストリア・ウィーンまで、大国間の贈り物として、自らおよそ3000kmの道のりを歩いた象と一行のお話。 文体が非常に独特だった。 ページを埋め尽くす文字、文字、文字。改行は相当の場面転換があった時に留められるから。 地の文と会話は一体的。台詞を表す記号(「」)は用いられず、文章がひたすら句点読点でつながれてゆく。 著者自身もたびたび登場し、くだらないことからくだることまで、当時と現代の橋渡しをするように茶々を入れる。 特異な文章なのに、どうして違和感なく受け入れられるのだろうと思ったら、落語や講談、紙芝居を見ている感覚に近いのかも知れない。プロットと同等かそれ以上に、語り手自身の魅力を受け取る読書体験。 巨大で一見無感情に思える象のソロモンの一挙一動によって周囲の人々の心が揺れ動き、物語が進んでいくさまが面白い。象ってかわいいよね。
  • 2026年5月6日
    増補 普通の人びと
    増補 普通の人びと
    ホロコーストと聞くとすぐに強制収容所での凄惨な毒ガス殺人が思い浮かぶけれど、およそ600万人とされる全犠牲者のうち、20〜25%が銃殺によるという。 この本は、直接的な銃殺、間接的な収容所への移送を担った警察予備大隊のなかでも、最も「普通」な人の集まりであった第101警察予備大隊に関する研究であり、それを通して今・これからを生きる人間への警句を求めようとする試み。 本編最後につづられた次の文章が重く響いた。 どこでも、人びとは、社会によって権威への尊敬や服従を強いられるのであって、実際、社会はそうでなければ機能しないのである。またどこでも、人びとは出世を追い求める。すべての現代社会において、生活の複雑さ、それによってもたらされる専門化と官僚制化、これらのものによって、公的政策を遂行する際の個人的責任感覚は希薄になってゆくのである。ほとんどすべての社会集団において、仲間集団は人びとの行動に恐るべき圧力を行使し、道徳的規範を制定する。第一〇一警察予備大隊の隊員たちが、これまで述べてきたような状況下で殺戮者になることができたのだとすれば、どのような人びとの集団ならそうならないと言えるのであろうか。
  • 2026年4月21日
    増補 普通の人びと
    増補 普通の人びと
  • 2026年4月21日
    増補 普通の人びと
    増補 普通の人びと
  • 2026年4月21日
    増補 普通の人びと
    増補 普通の人びと
  • 2026年4月20日
    治安維持法
    治安維持法
    世にも名高い悪法であると、誰もが何となく知っているけれど、それがどのようにして出来て、悪法と呼ばれる成果を残したのかを具体的に知りたくて読んだ。最近の時勢にも応じて。 ざっくりとなぞると、政党がまだ力を持っていた時代に、ソ連とのつながりが強まり共産主義の侵犯を恐れた政府が、各省庁や政党間の利害も織り込みながら、比較的抑制された規定・運用のもと生まれたのがはじまり。その後、国粋主義、軍部の台頭、戦線の拡大など諸状況のもと、政党によるコントロールが利かなくなり、法改正や恣意的な運用拡大によってタガが外れてしまった、という感じか。 いかようにでも解釈可能な「国体」を基準に用いてしまったのが大きな過ち。最近のニュースで、「普通の市民」という言葉が使われるのを聞いたけど、こういった反省すべき過去を踏まえた発言とはとても思えないなあ(あるいは分かっていてあえてという線もあるけれど)。 そもそも、発端となった共産主義について、わたしの知識や理解がまだまだ及んでいないので、ここを押さえておかないとな、とも思った。
  • 2026年4月14日
    稲田俊輔のおそうざい十二カ月
    最近、朝ごはんをパン食から米食へと完全に切り替えた。  それに伴い、和食のレパートリーを増やしたいなと思っていたところ、敬愛するイナダシュンスケ氏がちょうど和食の新刊を出していたので購入。  タイトル通り、一年各月、それぞれの旬の食材を使ったレシピが順々に紹介される。基本的には夕食を想定した一食分の献立として提示されるのだけれど、一つひとつの料理は非常にシンプルで、かつ今まで試したことのなかった食材の組合せや調理法がさらっと書かれているので、非常にためになり、朝食にももちろん使える。これをあの食材に変えてもいいんじゃないか、という遊び心も喚起してくれる。  料理初心者から中・上級者までお勧めできる本です。  数あるレシピのなかでも、わたしの特に気に入ったものの名前をいくつか挙げておきます。こんな感じで、素朴な、でも気になるレシピがたくさん載っているので、気になったらぜひ読んでみてください。 ・焼きチキン南蛮のおろしタルタル ・馬鈴薯ご飯 ・かぶら葉の納豆汁 ・南京もちバターしょう油 ・白ねぎバター煮
  • 2026年4月3日
    ボードレール全詩集(1)
    ボードレール全詩集(1)
    普段は音楽を聴きながら本を読むのだけれど、ボードレールの詩はそれを許さなかった。言葉の喚起する五感へのイメージがあまりにも濃厚なので、ながら読みをすると理解の大きな妨げになってしまう。訳者まえがきには、ボードレールの詩の力、価値を信じる文章が引かれていて、流石の説得力だなと感じた。 「悪の華」はボードレールが生前発表した唯一の詩集であり、その内容の一部が公序良俗に反するとして刑罰を受けている。宗教的権威や公衆道徳の色濃い時代だからこその受難で、今読んでみてもこの程度で?と思うのだけれど、当時にこの筆致でタブーを侵すのは相当なインパクトがあって、その一歩が今のわたしたちの「普通」につながっているのだろうな、と思う。 この本を読んだのは、押見修造の漫画「惡の華」への理解を深めたかったため。主人公の春日にとってのバイブルのようになっている本だけれど、率直に中高生が理解して楽しめる類のものではない。むしろその分からなさそのものが重要。その先にある期待や不安や好奇心、学校という清廉さや従順さを求められるある種の教義的空間における逸脱の象徴なのだなとしっくりきた。
  • 2026年3月9日
    ネバーホーム
    ネバーホーム
    南北戦争、インディアナの農場で暮らす主婦コンスタンスは、体の弱い夫に代わり、男のふりをして戦争に参加する。 試行錯誤して原文を活かそうとしたであろう柴田元幸による独特な訳文は好き嫌いが分かれるだろうけど、朴訥で拙く、時にはっとするような情景を突き付けてくる主人公の語りは、まるで子どものちぎり絵のように無垢な鮮やかさに満ちている。 本来そこにいるべきでない人による戦争物語であり、文体の雰囲気からも、カート・ヴォネガット・ジュニアの「スローターハウス5」を思い起こし、重ねて読んだ。あの主人公よりは、この主人公のほうがだいぶタフ(むしろスローターハウスの主人公は夫に似ている)だけど、女性性という違ったレンズで、戦争の時代に弱い立場が被る理不尽、残酷さがズームアップされていた。 「neverhome」という言葉は著者による造語であり、かつ作中に一度も登場しない。表紙に不穏に浮かぶこの響きが常にあり、希望と諦念を両手に読み進めて行った。読み終えて、後に残ったのはだれしもの想像を超えるような喪失感で、まさにneverhomeとは言い得て妙だなと思った。 なんだか、人が読んでみたいと思うような魅力的な感想が書けないし、わたし自身もう一度読むかと言うと、結構食らってしまったので、相当に間を置くことになると思うけれど、間違いなく面白い、素晴らしい本です。数ページ捲ってみて、文章がお口に合うならば是非!
  • 2026年2月20日
    辺境のラッパーたち
    辺境のラッパーたち
    19人の著者による、500ページを超えるヒップホップ論。 特に、「グローバル」という文脈に回収されない、世界各国、辺境で独自に育つヒップホップに焦点を当てる。 正直、一人ひとりの著者に与えられるページ数は少ないので、どうしても表層をなぞり、型にはめた論理展開にならざるを得ず、素人がこの本だけで何かを判ることは出来ないなという感想、反省。ましてや音楽だからね、聴かないとね。研究会のホームページにはプレイリストがあるとのことなので、またゆっくり聴いてみたいと思う。 アラスカ先住民のラッパー、エア・ジャズ(Air Jazz)の引用された詞が印象的で良かったので記録しておく。 なんか、こういう民族的で、自分に無い価値観を信仰し、讃え、比喩する世界観っていい。 「オヒョウ釣り(Cháatl Ast’éixí: Halibut Fishing)」 エア・ジャズ(二〇二二年) ​僕はオヒョウと結婚するだろう…… 特に理由もなく…… そのことを誇りに思う 誇りに思う オヒョウ釣り オヒョウ釣り 高貴な人々 高貴な人々 緩やかに 僕らの生き方を誇りに思う 僕らが必要とする世界 僕らは聴く 君のボートはどこ? 君は「オヒョウ」と呼ばれる ダグラスとジュノーの人々 友よ 僕は釣り針に餌をつけてはいない
  • 2026年2月10日
    人種主義の歴史 (岩波新書)
    大航海時代まで遡り、本来は無いはずの「人種」という考え方の変遷や拡がりを今日に至るまで整理する。 「人種」は本来無いはずのもの。それを、肌の色や体つきの違い、生活様式などの中に認め、一方的な力関係において事実化する。単に未知・無知によって生まれる場合もあれば、時々の政治的イデオロギーを正当化するために恣意的に生み出される場合もある。 人種主義が暴走した最もおぞましい例の一つがナチスだけれども、ナチスが政権を得る前のワイマール共和政下において既に人種主義の芽吹きがあり、それを噴出させたのがナチスに過ぎないというのは興味深かった。 顔の見えないSNSでのコミュニケーションが主流となる中、「ネトウヨ」「サヨク」といったレッテル貼りも、現代の人種主義の一つだよなと思う。知ろうとすること、理解しようとすることを諦めてはいけないな。
  • 2026年2月2日
    未来をつくる言葉
    未来をつくる言葉
    以下は作者のプロフィール。 ドミニク・チェン Dominique Chen ​1981年生まれ。フランス国籍、日仏英のトリリンガル。博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center [ICC] 研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部教授。人と微生物が会話できるぬか床発酵ロボット『Nukabot』の研究開発、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』の制作を行いながら、テクノロジーと人間、そして自然存在の関係性を研究している。 ぬか床発酵ロボット!?、と気になって手に取って読んだ本。 全9章が、文字通り世界を飛び移っていくように、ちがった景色を見せ、教養の深みへと誘ってくれる。 この本のジャンルはなんだろう? 底知れない知的探究心を持つ著者による、精神的な冒険譚であるとともに、リアル冒険譚というのがしっくり来る。 互いを完全にわかり合うことなどできない。だけれど、そのわかり合えなさの接点から意味や価値が生まれ、新たになにかが始まる。さらには、表現しきれなかったものやこぼれ落ちてしまったものからでさえ。 著者のようにたくさんの自然言語・人口言語を操る人には、世界がもっと複層的で多義的に見えているのだろうなと羨ましく思った。でも、標準的な日本語話者のわたしにとっても、わかり合えなさ・表現できなさを大事にすることで触れられるものはあるかもな。 図書館で借りたけれど、買って手元に置いておきたいと思った。
  • 2026年1月27日
    未来をつくる言葉
    未来をつくる言葉
    吃音を「自分の意識だけではアクセスできない場所に連れて行ってもらえる」「共に生きる存在になっているようだ」と捉えるのが素敵だと思った。上から目線に聞こえたら申し訳なく不本意なのだけれど。多かれ少なかれ、誰にでもそういう腐れ縁のような存在があるのかも。捉え方次第で。
  • 2026年1月25日
    朝鮮民衆の社会史
    最近読んだハン・ガンの理解を深めたくて気まぐれに読んだ。知りたかったようなことは書いていなかったのだけれど、1392年に朝鮮王朝が出来て以来の民衆の暮らし、考え、戦いをダイナミックに知られた。朝鮮(韓国)は、当たり前だけれど、ルーツからして日本とは全く異なる国なんだな。簡単に理解し合えるわけがない、いわんやその気持ちなくしてをや。 日本の民俗学、民衆学も学んでみたくなった。
  • 2026年1月12日
    あなたの燃える左手で
    不運により左手を失い、別の人間の左手を移植した男の話。 著者が現役の医師(内科だけれど)であることもあってか、体感覚に関する猫写のリアリティが凄い。 そして、単なる医療ドラマには留まらず、大事な体の一部を失い、他所のものに取り替えるということを、ウクライナ・ロシア情勢や日本という独特な島国のすがたへと重ね合わせていく展開が見事。面白かったです。
  • 2026年1月10日
    別れを告げない
    別れを告げない
    韓国有数のリゾート地である済州島でかつて起きた凄惨な大虐殺と、それにまつわる家族のすがたを2人の女性が紐解いてゆく物語。 不見識なもので四三事件のことを知らなかった。でも、そもそも、名前を知っている・聞いたことのある戦争や紛争だって、そのリアルは全く知らない。 世の中は、知らないこと、わからないことばかりだ。 わからないことを、怖がってはいけない。わからないからといって、レッテルを貼り、わかったふりをしてはいけない。 全てをわかることはできないとしても、命を懸けてわかろうとする作中の人物たちに勇気をもらった。その姿勢や覚悟こそが知性であり、人類の希望だ。 可憐な結晶の姿と、冷酷で暴力的な吹雪の姿とを行き来する、雪の猫写がとても印象的。
  • 2026年1月3日
    西瓜糖の日々
    西瓜糖の日々
    何度も読んでいる一番好きな本。Readsを始めるにあたってまた読んだ。 詩と小説の間のことばで、夢想をものがたりに仕立てたような、捉えどころのないお話。 開くたびに新たな気づきがあり、幸福や悲しみをずっと鋭敏に感じる。わたしはこれを一生かけて味わうのだろう。
  • 2025年12月30日
    哲学なんていらない哲学
  • 2025年12月30日
    その昔、N市では
    その昔、N市では
  • 2025年12月30日
    地平線
    地平線
読み込み中...