あなたにあいたくて生まれてきた詩

2件の記録
チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年8月15日まだ読んでる先日、上げた詩を、解説付きで再掲。 誰も死んではいない 誰も死んではいない 誰もかも死んでしまった 誰もかも死んでしまった ヒロシマ。ナガサキ。敗戦記念日。お盆。日本の八月は、死者の月です。 この題と作者名のない四行作品は、広島の原爆資料館で吐き出された叫びの記録。 「誰も死んではいない」。とんでもない。あたりに今なおうごめいているのは、じつに数多くの死者ばかりです。それなのに、なぜ? 死者が消えさらないで、見つめ続けているからです。だから、「わたし」は恐怖のあまり、声をあげないわけにいかなくなるのです。「誰もかも死んでしまった」と、あなたがたはもう存在をもたぬ影にすぎないと。 だが、そういう声の底から一層激しい声が噴き出すのです、「誰も死んではいない」と。するとまた、すぐそれを否定する声が響き出すのです、「誰もかも死んでしまった」と。 この四行は、切なく繰り返し胸苦しく循環します。いつまで?どんなに悲しくても永久に、であらしめなくてはなりません。死者とともに生きること、それこそが鎮魂です。


チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年8月6日再読中誰も死んではいない 誰も死んではいない 誰もかも死んでしまった 誰もかも死んでしまった (50ページ) 選者はロラン・バルト先生による『表徴の帝国』の翻訳者でもあられる宗左近。 宗左近氏自身による解説によれば、「この題と作者名のない四行作品は、広島の原爆資料館で吐き出された叫びの記録」だそうだが、いまの世の中、解説全文以上の意味合いが出てきてしまった。 私としても、「どうしてここにいるんだろう」と嘆息しながらも、歩む自分の人生である。






