スキャナー・ダークリー (ハヤカワ文庫SF)

スキャナー・ダークリー (ハヤカワ文庫SF)
スキャナー・ダークリー (ハヤカワ文庫SF)
フィリップKディック
浅倉久志
早川書房
2005年11月30日
2件の記録
  • CandidE
    CandidE
    @araxia
    2025年4月10日
    「永遠の月日のあいだ、ビールの缶をじっと見つめるってどんな気がすると思う? そうわるくはないかもな。なんにも怖いことはないんだから」 なるほど、すごく好かった。本書は、著者覚え書きの冒頭にあるように、「この小説は、おのれの行為に対して、あまりにも苛酷な刑罰を受けた人びとを描いている」――すなわち、ディック自身の薬物体験と1970年代のドラッグカウンターカルチャーに深く根ざした作品である。 著者の覚え書きはさらに続く。 「麻薬乱用は病気ではなく、ひとつの決断だ。(中略)この特殊なライフ・スタイルのモットーは、『いますぐ幸福をつかめ、明日には死ぬんだから』というものだ。しかし、死の過程はほとんどすぐにはじまり、幸福はただの記憶でしかない。つまり、それはごくふつうの人間の一生をスピードアップさせただけ、強烈にしただけだ」 そして、 「わたしはこの小説の登場人物ではない。わたしがこの小説なのだ」 作品タイトルは、新約聖書コリント人への第一の手紙13章12節「For now we see through a glass, darkly」(邦訳:「わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている」)からの引用だ。訳者によれば、原題(“A Scanner Darkly”)には「スキャナーに映して見るようにおぼろげに」という意味が圧縮されているという。 PKDの作品に通底する「現実とは何か?」という問いは、本作において特に鮮烈。薬物による知覚の変容、意識の分裂、認知の崩壊――これらを通して描かれるのは、ブラックユーモアと哲学的思索が交錯する世界だ。薬物依存や監視社会など、社会の根本にある病理の輪郭がここに露わになる。しかし作品内外の「現実」は、依然として人間の認識の限界と完全なる真理把握の不可能性の狭間を彷徨っている。 「ここの連中で、気楽な生活したやつはだれもいない。おまえの生活が気楽だった、とはいってないぜ。エディーならいうだろうけど。やつはいうんだ、おまえのトラブルなんてミッキー・マウスだって。だれのトラブルもミッキー・マウスじゃないよな。おまえがいまどういう気分なのか、おれにはわかる。だけど、おれもむかしはそんな気分だった」 個人的には、ドナがボブを〈ニュー・パス〉へ送っていくシーンが最も印象深い。 「この世界では、悪との戦いをするたびに、現ナマを支払わなくちゃならない」
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