蒸し野菜でおいしい いたわりおやつ
3件の記録
いっちー@icchii3172025年7月28日借りてきた推し本Instagramでフォローしている料理研究家あいりさんの初書籍を図書館で。 図書館って、「買わないで本が読めるなら何を読みたいか」という問いを実現できるから、楽しい。その結果、今の生活では私は料理本を真っ先に借りて読んでしまう。 普通の料理系インスタグラマーと違って、あいりさんは自分の生活の表現のひとつがたまたま蒸し料理だった、というような順番だということが伝わってくる。それがとっても素敵で。彼女の影響で蒸しプレートも買って、でも蒸し方もあんまり載ってないから(笑)、数ヶ月放置してて、でもここ最近適当に使うようになった。蒸したにんじんで作るサラダとか、蒸した昆布で作る味噌汁とか(これを作りたくて蒸しはじめた)、確かに美味しい。 この本の痺れるワードを早速見つけたので紹介。 “この世に存在するすべての人と、「つながりをもたなければいけない」わけではないように、ありとあらゆる食べ物を、「食べなきゃいけない」わけではない”(p30) 自分の居場所を見つけるかのように、自分の心地よい食との付き合い方を見つけているあいりさんは本当に素敵だなと思う。 これまで自分自身、好き嫌いがなくたくさん食べることが自慢だったけれど、とある別の方から「食べ過ぎることは自分の胃袋をゴミ箱にしていることと同じだ」という言葉を聞いて、食いしん坊への評価について考える機会になった。 私はどちらかというと、鈍感で、頭で食べているような状態なのだと思う。食べ過ぎの不快感も無視したままでいられてしまう方だ(最近気をつけるようにしているけど)。 だから、常に自分と対話しながら食べているあいりさんのことを尊敬する。 また、この本の冒頭に「人それぞれ合うもの合わないものがあるからこそ、私のレシピ自体を参考にしていただくというより、私がどうしてそういう材料・調味料を選んでいるのかといった、生きざまというか価値観というか、そういったレシピの元になっている部分に触れていただいて、自分自身に合った食生活を確立していくための一つのきっかけやヒントにしていただきたい」という文章がある。 今日会った友達に、「あなたが人をお勧めするとき、必ずそのバックグラウンドも教えてくれるよね」と言われた。生き様含めての作品だなと思うことが多いし、そこが大事だと思っているのだと思う。一貫性とか、信念があるからこそ、その作品や人自身に意味や、価値があると思う。 あいりさんもそういうお方だなと思う。インスタを見てても、食べものももちろん美味しそうだけど、その暮らしや、それらに満足している様子が伝わってきて、それだけで満たされる。



