私がオバさんになったよ

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- ヒナパパ@hinapapa2025年3月10日私がオバさんになったよ ジェーン・スー 勿論、森高千里の曲オマージュだと思うですが、あまりにクリティカルで素敵なタイトルなのでジャケ買いならぬ、タイトル借りしてきました。 アラフォーからアラフィフの魅力的な方々と対談をするのですが脳科学者の中野信子さんとの対談がお気に入りでした。 引用 “ジェーンそうそう、「本音」の価値が妙に上がってる感じが気持ち悪いって話も今日したかったんだ。 中野 「本音っぽい」ことね。 ジェーン「本音こそ価値がある」みたいな価値観ね。でも私は「本音」と言われるものをあんまり肩用してなくて。その時々、自分に足りないもの、もしくは足りているものによって本音はどんどん変わるじゃないですか。それを「今の気持ち」として話すのはいいけど、「肩頼性のある永続的な本音」として組上に載せるのは危険だよ。 昔から「ぶっちゃけ」はあったけど、今の「本音えらい」感じはなんなんだろう。 中野 メタ的に見る方がえらいという謎の序列が、ツイッターという野生の王国の不文律にあるからじゃない? ジェーン 恐怖のツイッターランドだ。mix.iはよかったー。牧歌的だったー。” 中野 ツイッターランドの序列づけ、言葉の殴り合いみたいな、「俺はお前の価値をこう見てる」みたいな上から目線の殴り合いがあるよね。よりメタ的に見られた者勝ち、っていうジャッジの基準があるようだから、虚飾が虚飾であるとバレると、それだけで立場が弱くなる。「虚飾がある」ということはそのまま「嘘で飾り立てねばならぬほど、己には弱点がある」ということだから。「本音」感を出すっていうのは、俺には弱点がないぜっていうアピールなのだろう、と思うことがあるよ。より相手に対して優位に立てるというような。言語界の『北斗の拳』ワールドみたいな。本音というか、「俺の方が本当のことを言ってる」と言ってマウンティングし合うような感覚。 ジェーン「本当のこと」っていう言葉ほど危ういものはない。その時の自分の気持ちでしかないのにね。