なにもない空間

10件の記録
チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年8月16日まだ読んでるふと思い出したイギリスの偉大な演出家による演劇論。 当時、大学で文化や政治に触れ、自分なりに考えるために読んでいた。本書を識ったのも、著者の一人である花咲政之輔さんから買わせていただいた『ネオリベ化する公共圏 壊滅する大学・市民社会からの自律』においてのことだった。映画『ラザロ』の酒席でのことだった。その中にある演出家、宮沢章夫の論考に載っていた。 書き出しの 「どこでもいい、なにもない空間ーそれを指して、わたしは裸の舞台と呼ぼう。ひとりの人間がこのなにもない空間を歩いて横切る、もうひとりの人間がそれを見つめるー演劇行為が成り立つためには、これだけで足りるはずだ。」 は、力強い宣言である。




チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年7月15日買った学生運動華やかりし頃の、法政大学にて出会ったテーマ「演劇解体」。 私は運動と直接、関わったわけではないが(映画サークルだった)、大学側の改革に対して、「脱構築」、「異化」という事も友だちとの議論では言われていた。やはり私も不遜な考えを抱いていたのだろう。 文楽や歌舞伎等も論じた日本文化論である、ロラン・バルトの『表徴の帝国(記号の国)』も同じ頃、ゼミ論の課題で読んだ。「演劇解体」を目論んだロラン・バルトというフランスの哲学者が呼び水となって、本書と出会った。 国家による改革のなか、そんなささやかな私の思想の萌芽に立ち戻りたい、と思う。



チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年2月13日読み始めた借りてきたかつて読んだこの本から影響を受けて、数えるほどだが演劇を観に行ったりもした。 あろうことか、舞台の台本まで書いてしまった! とまれ、自分の思想らしきものの萌芽期にまで戻ってじっくり考えてみたい。
チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年2月11日かつて読んだロラン・バルトの『記号の国』における、「西洋演劇の解体」を、演劇を志すもの(私は違いますが)なら誰でも知っているこの本(そもそも『なにもない空間』という)から演劇理論を援用して、根拠付けてゆきたい。欲を言えば、アントナン・アルトーまで根を生やして…。 (与太話:ピーター・ブルックが監督した、映画、『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』、観てみたい)








