「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

11件の記録
- ムニムニマン@muni8muni82026年9月28日読み終わった借りてきた書店でもe-honでも手に入らず、図書館で借りてきて読んだ。残念だけど、それだけこの本を読みたい人が今の日本にたくさんいることに励まされた。 p.134 前線で実態に戦った者で戦争を賛美する者はひとりもいません。もし、戦争を経験していてもなお、戦争を肯定する者がいたとしたら、その人は後方の基地でデスクに向かっていたか、炊事班でコックをしていたかで、人が殺しあう前線に行ったことがない人にちがいありません。




はな@hana-hitsuji052026年9月19日読み終わった図書館本図書館で借りたe-honで推し本屋に転送して本を買おうと思っていたけど品切れしていた。 映画も私の街では上映中止になったし、こうなったら図書館の出番である。 (これからは出来る限り、図書館で借りて紙の本も買って、貸し出し履歴や売上などの数字でも意思表示していこうと目論んでる。 もっと読むのに時間がかかると思っていた。 逆だった。家に帰り着く前に買い物したモールの隅っこのソファで読み終えてしまった。 瞬きできなくて目が充血してる。 ネルソンさんが経験した、人を殺すたびに感じた名づけることのできない奇妙な感情のことを考えてる。 「お前はもう、私の子どもじゃない」 お金と名誉が手に入って、蔑称で呼ばれた自分の存在が感謝されるアメリカ人になると、苦労した母が喜ぶと思ったんだよね。 「人を殺したことにほこりさえ感じていたのです」それなのに 「それをしたのが彼らの目の前にいる、ほかでもないわたしであることを知られるのがおそろしかったのです」 私がはだしのゲンを初めて読んだのは小学生の時だった。 今でも幾つかのとあるシーンは脳裏に焼き付いていて忘れることは出来ない。 映画化した塚本晋也監督も言っていたように、この強烈なトラウマは必要なのだと私も思う。遠ざけたらダメなやつだ。 なぜならネルソンさんが言うように「おまえにほんとうの戦争のことをだれも教えてくれなかったからこそ、今のこわれかけたおまえがいるのだ。だから、子どもたちには真実を知る権利がある」から。知らなかったら多分、美化してしまう。 でもどんな人間であったとしても、人間がどのような過程を経てどんなふうに残酷になれるのかを、私たちは絶対に知っておかなければいけない。 奪われた帽子を暴力で取り返した小さなネルソンさん。 「達成感のようなものといっしょに、残酷な喜びがはじけました。 まずしさは暴力によっていやすことができるのを知ったのです」 残酷で冷徹な経験の中にある奇妙な喜びのような、何か勝ち取ったもののような感触は、多分感じようとしなければ気づけない場所に存在するのだと思う。 自分がもし同じ状況になって追い詰められたら、みんなと違う選択が出来ると思うのか自問してる。 だから、集団のその瞬間だけの多数の意見が全て完全に正しいとは言えないんだよな…。 心とは、視点なのか。 それが欠けたら目の前にあるものなのに何も見えていない状態になる。13ヶ月でこの有様なのを、戦争を知らない私たちはどこまで知っているのか。 戦場には音楽も流れない。うごめく生き物や虫、死体の臭いを知らない私は、ちょっと今、呆然としている。 漫画ペリリュー 楽園のゲルニカで、冷徹に任務遂行していた片倉さんのことも思い出した。 あの人も晩年まで夜中に叫びながら飛び起きたり、殺した人の顔を思い出していたんだろうか。 映画や創作物の中の戦争描写を本当じゃない、みたいに批判していたけど、ネルソンさんみたいに何を加害したのか、とてもじゃないけど話せないような経験を話す人がいなかったから、その欠けた部分は創作者も表現できない。口を閉ざした兵士もある意味では声の小さな人ということになるのかな。 その人が知り得たことを誰も知らないから、起きたことや真実が見えない。









いちのべ@ichinobe32026年6月21日読み始めたまだ序盤だが、タイトルになった質問をされた小学校の講演でのエピソード、海兵隊として戦地に行くまでのくだりでも心を揺さぶられまくっている。 シングルマザーに育てられ、貧しい生活を送ってきたネルソン青年は、ある日海兵隊員のスカウトに「オフィスでコーヒーとドーナツでもどうか」と声をかけられる。 > いつだって空腹のわたしには、ただで何かが食べられるのなら、どんなくだらないおしゃべりでも大歓迎でした。 > オフィスは清潔で立派で、壁には何枚ものポスターがはってありました。なかでも印象的だったのは、ハワイのビーチでかわいい女の子たちと楽しそうに語りあう海兵隊員たちのポスターでした。海兵隊員になれば、こんなに素敵なハワイの休日が待っているのだぞと、そのポスターは語っていました。 (p35) 当時、アメリカは徴兵制度をとっていたが、海兵隊は志願兵で構成されていたらしい。「経済的徴兵制」の生々しさを感じる。 実際、ネルソン氏は海兵隊に入ることで初めて、毎日3食お腹いっぱい食べられるようになる。米兵が処罰されない沖縄では狼藉に及ぶ。 > わたしたちは東洋人の一人一人を見分けることができませんでした。みんな、同じ顔に見えましたし、それでもまったく問題はなかったのです。なぜなら、わたしたちは東洋人を、そして沖縄の人々を人間として見てはいなかったからです。(p50-51)
いちのべ@ichinobe32026年6月21日読み終わった読了。 戦場での凄惨な体験。即死する心臓ではなく、長く苦しめるため下腹部を狙って撃つ。ベトコンの兵士たちを引き摺り出すため、村に残った女性や子ども、老人を皆殺しにする。 > 「なぜ、あなたたちはわたしの国にいて、わたしたちを殺しているのですか? わたしたちは自由のために戦っています。あなたたち黒人も自分の国では自由すらないではありませんか」(p100) 捕えられたベトナム人の言葉が、ネルソン氏の心に刺さる。 > そんなふうにして、黒人の権利というものを考えはじめたときに、わたしはあることに気づきました。 > それは、最前線の兵士にはなぜか黒人が多いということでした。アメリカの人口にしめる黒人の割合よりも、最前線で戦う部隊での黒人の割合のほうが、ずっと多いように感じられたのでした。(p105) 彼の感覚は事実で、実際、戦死者の25%が黒人(アメリカ軍における黒人の割合は約10%)だったらしい。その事実にもゾッとした。 > 戦争を生きのびた者のひとりとして、ほんとうの戦争について語ることは、とりもなおさず、まずしい人、罪のない人にとって、戦争はどういう悲劇をもたらすかを語ることでもあります。 そして、戦争から生まれ出るのは新たな戦争でしかなく、戦争から平和が生まれることなどけっしてありえないのだと気づいてもらうことです。(p134) > 戦争を放棄する。戦力はもたない。国というものは戦争をしてはいけない。第九条は、 はっきりとそう言っています。 > わたしはそれ以後、世界中の国々がこの第九条を共有すべきだと確信するようになりました。第九条こそが戦争をなくす唯一の道だと思うのです。(p137)





