

いちのべ
@ichinobe3
何でも雑多に読む。
- 2026年5月28日
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- 2026年5月27日
- 2026年5月27日
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- 2026年5月27日
- 2026年5月27日
- 2026年5月27日
破壊系資本主義クィン・スロボディアン,松島聖子気になるBlueskyで見かけて、書籍サイト見て読まねばと思った。 > 〈もはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ〉。テック業界の世界的な大立者で、リバタリアンとしても有名なピーター・ティールは、民主主義なき資本主義という夢をこうぶち上げた。 https://www.msz.co.jp/book/detail/09830/ - 2026年5月26日
- 2026年5月26日
- 2026年5月26日
読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門ナージャ・トロコンニコワ,清水知子,野中モモ読み始めた「ルール2 ドゥ・イット・ユアセルフ」まで読む。 もっと前に読んでおけば、という気持ちも、今だからこそ実感を伴ってわかる部分もある。 > 私たちに欠けているのは、公共機関はもっとうまく機能するはずであり、“私たちがもっとうまく機能させられるはずだ”という自信である。人々は自分たちが“持っている”にもかかわらず使っていない巨大なパワーの存在を言じていないのだ。(p20 / “”は本文傍点) > ロシアのニュースすら毎日読む必要を感じなくなってしまった。なぜなら、すべてはもうはっきりしているからだ。すなわち利己的な悪党どもが権力を握り、私たちの国をふたたび独裁主義にしようとしている。そして、彼らがそうするのは、すこしでも多くの利益をせしめて自分のポケットに収めるためなのだ。(p44) 『哲学者たちの〈ほんとう〉の仕事』のディオゲネスの章を読んだ直後、この本の「ルール1 海賊になれ」でふたたびその名前と出会ったのも印象深い。 - 2026年5月26日
哲学者たちの<ほんとう>の仕事ナシム・エル・カブリ,野村真依子読んでるしばらく間があいたので、最初から順番に読むことに。 > コスト、利益、リスクを計算する優れた企業家として、パスカルは確率計算を用い、神を言じることが合理的、ひいては有利であると証明している。パスカルによると、神を信じれば全面的に得をする。神が存在しなければ、神を信じたところで何も損はしない。ところが、神が存在するのに神を信じなければ、その場合はあの世での救済をはじめ、すべてを失う……。(p46) パスカル、名前と有名なフレーズ程度しか知らなくて、公共交通の企業家という職業にも驚いたし、このロジックも興味深かった。『パンセ』読みたくなった。 - 2026年5月26日
- 2026年5月26日
- 2026年5月26日
- 2026年5月25日
読み始めた『このイベントはフィクションです/この怪談は実話です/この小説はエンタメです』まで読む。 これまで比嘉姉妹シリーズを読んできた自分は、少なからず彼女たちに愛着を持っており、その気持ちは彼女たちの家族にも向けられる。直近、そのルーツである『ざんどぅまの影』を読んでいるから、余計にその感情は強まる。 そのうえで、この短編集の前半三編を読むと、不幸にも命を落とした比嘉家の人々、それも子どもたちが「怪談」として軽率に消費されている状況を不快に感じる。 と同時に、それは普段、怪談やオカルトを、ホラーを「消費」している自分の姿でもあると思う。架空の比嘉家の人々に胸を痛める想像力を、現実の誰かに使えているのだろうか?と思う。 - 2026年5月24日
歩くという哲学フレデリック・グロ,谷口亜沙子読んでる> 権力者が震え上がるのは、民衆が「共にあることの喜び」を見いだしてしまう時だ。力を結集させることの高揚のなかで、自分という存在が人類全体へと結び付いていることに気がつき、熱狂と歓喜のなかで、連帯することの心躍る楽しさを知り、自分たち自身に奉仕する歓びを見いだす時。(p200) 昨今の状況を想起する場面が多い。 - 2026年5月24日
世界一やさしい依存症入門松本俊彦読み終わった依存症の基礎知識や事例が14歳向けにわかりやすく、説教くさくなく書かれていて、自分が中高時代に出会いたかった。あの子やあの子に、もっとマシな接し方ができたんじゃないか、と当時を思い出した。 > 否定される関係、支配される関係、本当のことをいえない関係。3つに共通しているのは「自分を傷つける関係」だということです。依存症になる人の多くは、日々こうした関係の中に身を置き、自分を大切に思う気持ち、人を信じる気持ちを失っています。彼らが人に頼れないまま、一人でもがいていたのはこのためです。つまり、依存症とは「人に依存できない病」なのです。(p177) > 薬物に手をつけたり、ゲームにハマったり、自傷したりする子は、みなさんから見れば「困った子」かもしれません。でも、困った子は「困っている子」です。治療や支援につながれば、立ち直ることのできる子です。(p179) 依存症について色々読むようになったのは、明確に治療を受けたことはないものの、自分が行為系の依存に近い状態に陥りやすいためその原因の分析や回復に役立てたいから……だったが、読んでいくうち、「好きな芸能人が薬物で逮捕された」過去の出来事とあらためて向き合うことにも繋がっていると気づいた。当時は失望や虚しさ、悲しみなどの感情が渦巻いたが、その人にはその人の事情や苦しみがあり、薬物はやめることが難しいものであり、今は回復のために歩んでいるのだなと、時を経て、好きだったその人を思いやる気持ちを持つことができるようになった。 - 2026年5月24日
牧師、閉鎖病棟に入る。沼田和也読み終わった好奇心から手に取ったが、自分のその好奇心自体が、「『まとも』と『まともではない』とのあいだに線を引き差別している(p108)」ところに起因したものだったかもしれないな、と読み終えて思った。 > 被害者ポジションに居座るのでもなく、根性論でもなく、自己卑下でもない。これまでの「ありのまま」像とは違った在り方を探す。困難な道ではあったが、これまで自分では考えたこともない自己探求であった。(p123) > 使徒パウロには「とげ」、すなわちなにかの病気があった。彼も苦しみのなかで「なんでこんな苦しみがあるのか。神さまなぜですか」と嘆き、祈ったのだろう。だがそのうち、彼は悟ったのだ。誇るべきはおのれの強さではなくて弱さ。語るべきは自分の一貫性ではなく綻び。ほんとうの輝きは、弱いもののなかにこそあるのだと。(p205-206)
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