日本政治学史
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- しろくま@shirokuma19092026年6月29日読み終わった借りてきた「「科学としての政治学」は、どのような道程をたどったのか――。本書は、敗戦直後に学会を創り、行動論やマルクス主義の成果を摂取した政治学が、先進国化する日本でいかに変貌してきたのかを描く。丸山眞男、升味準之輔、京極純一、レヴァイアサン・グループ、佐藤誠三郎、佐々木毅などの業績に光を当て、さらにジェンダー研究、実験政治学といった新たに生まれた潮流まで追う。 欧米とは異なる軌跡を照らし、その行方を探る。」(扉) 「本書は、 個々の政治学者にスポットをあて、日本の「科学としての政治学」がどのような軌跡を経て現在に至ったのか、その歴史を辿るものである。 本書はおよそ一〇年ごとに叙述を進める。序章では学史方法論を述べ、戦後政治学のアウトラインを押さえた上で、政治学者の指針となった丸山眞男の論考を学史的に読んでみたい。 第1章は、戦後から一九五四年頃まで、民主主義と再建と逆コースの危機の中、科学を追い求めた研究者たちを扱う。人びとの政治意識を調査した蠟山政道、日本政治学会の創設とともに共同研究を行った岡義武のグループの軌跡を追う。 第2章では、五五年頃から米国の行動科学にインパクトを受けて日本政治研究に着手した代表的学者として、石田雄、升味準之輔、京極純一の業績を取り上げる。 第3章は、六〇年代後半から始まる停滞期の中、従来とは異質な潮流を主題とする。焦点があたるのは田口富久治のマルクス主義と三宅一郎の投票行動研究である。 第4章では、八○年代に台頭した政治学の「新しい流れ」を中心に、従来の政治学との対立と連続の様相を見たい。雑誌『レヴァイアサン』に集った大嶽秀夫、村松岐夫、猪口孝や、自民党の助言者として行動した佐藤誠三郎がその中心になる。 第5章では、八○年代後半から九○年代の政治改革の気運の中、政治改革推進協議会(いわゆる民間政治臨調)など選挙制度改革に取り組んだ人々、そして科学の方法を刷新した新制度論の登場した意味を考える。 第6章は、二〇〇〇年代から現在であり、政治学の発展と再構成の試みとして、ジェンダ ―研究と実験政治学を紹介したい。 終章は政治学者を対象とした二つの調査を取り上げ、政治学の目的などに関する考え方の変化を確認した上で、本書の議論をまとめる。」(ⅲ-ⅳ頁)
Prtta@prtta2025年7月7日読んでる「歴史としての戦後史学」(網野善彦)と同じく、第二次大戦以降に分野(ここでは政治学)が辿ってきた道程を彫り出している。網野善彦はナラティブというかんじだが、この本はより俯瞰的・客観的で学問をみつめる学問の眼差しという印象。 「戦後内科学史」とか読んでみたいな。
かとー@katodayo2025年3月16日読み終わった大学で政治学(正確には公共政策学)を専攻していたというと「政治学ってどんなことを勉強するの?」と聞かれることがあり、そのたびに悩むことが多い。メジャーどころは政治思想、国際政治、比較政治あたりだけど、私がとくに関心をもったEBPM(Evidence Based Policy Making)や熟議民主主義などは決して王道ではないから説明しずらいという理由もある。 それ以上に悩ましいのは、詳しく説明しようとすればするほど、結局私は自分の思い描く社会像のための論拠を集めているだけではないのか?それは学問ではなく、都合のいい手段にしているのではないか?という地味〜〜な葛藤。知的に誠実でいたいと思う一方で、学べば学ぶほど自分の価値観に直面化させられる。政治学を学ぶことは自己を知る喜びもありつつ、視点の偏りを感じる葛藤もあった。 ※別に今は政治家なわけでも、政治学者なわけでもなく、つまりは王道の政治アクターではないのでそこまで悩む必要はないけど、今でも年に数回このことを考えるときがある(執念)。 本書は戦後直後に学会を創設し現代に至るまで、政治学を学問として成立させてきた政治学者たちによる学史だ。 ある知的領域が学問として成立するには、理論や分析方法が再現可能でなければならない。要は「科学」である必要がある。ただし、政治という領域はあまりにも広範で多様であり、再現性を持たせることに苦労するうえに、ハイディガーがそうであったように政治思想はそれ自体が容易に政治を動かす道具にもなる。 そうした宿命のもと日本の政治学者たちがどのように「科学としての政治学」を実現しようとしたか、あるいは科学を否定してきたかという論争に、僭越(×1000!!)ながら自身が感じた葛藤を投影してしまった。 本書の第6章では1990代の政治学の風景として、実験政治学が登場したことで、熟議民主主義を含めた規範理論と科学化がブリッジされたことが書かれている。ただ、結局は演繹的に構築された理論を検証するためにデータが用いられており、「発展」しているようには描かれていない。 「科学の理念は、ある時点で完成する建造物よりは、不断の発展と再構成を求める民主主義のそれに近いのではないか」(終章 p.258) 知的に誠実であることと、何のための誠実さなのかを問うこと。その葛藤の中に政治学があるように読んだ。









