ヒューモアとしての唯物論 (講談社学術文庫)

ヒューモアとしての唯物論 (講談社学術文庫)
ヒューモアとしての唯物論 (講談社学術文庫)
柄谷行人
講談社
1999年1月1日
2件の記録
  • 柿内正午
    柿内正午
    @kakisiesta
    2026年3月27日
    ところで、特殊性-一般性と、単独性-普遍性という対とは異質なものであると柄谷はいう。特殊性においては、一般性における「猫」という類のなかで、灰色がかり、片目で、乾燥ナツメのにおいがして、甘ったれた声でしきりに鳴くというような特性の束によって「この猫」として同定されるものとしてルドンを記述する。しかし、単独性においてルドンは、そのような記述の束として特殊性をいわれるような「この猫」ではない。《「他ならぬこの猫」であり、どんな猫とも替えられないものである。それは、他の猫と特に違った何かをもっているからではない。ただ、それは私が愛した猫だからである1》。 つまり、単独性とは記述不可能性のことである。いくら言葉を尽くしても、それは記述の束としての特殊性にほかならない。言葉にするたび、愛した猫の他ならなさ(単独性)は、記述の束(一般性)として回収されてしまうのである。 2026.03.27
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