被害と加害をとらえなおす
10件の記録
くりこ@kurikomone2026年1月31日読み終わった上岡さん、キャンベルさんと言った、依存症を抱えていた当事者二人の語りが読めたのはよかった。2019年くらい、荻上チキさんの薬物依存症についての発信を聴くまで、私は、彼女彼らのことを「モラルのない快楽主義者」だって思っていたことを改めて恥じた。スティグマを与えることは依存症の患者さん達を回復させないことに繋がってるし、そもそもなんらかの被害体験があって抑圧から抜けるために依存しないと生き延びられなかったっていう事、助けを与えられなかった人ほど、被害と加害の網の目から抜けられなくなってしまうことを改めて感じた。 ジュディスハーマンは、サバイバーの回復には、記憶を社会皆で共有する「社会的記憶」が必要であると言及していた。私たちは管理されることで、誰かと支配、被支配される関係性を構築し、自分の脆弱性を無視する身体性を保有することとなる。脆弱性を開示できる空間をより多く作るという事は、コントロールを手放し、皆が対等で真に自由な身体を取り戻す作業でもあると思う。 -- p.209 彼女たちはなぜ依存症を抱えているのか。それは、子ども時代、けがをしたり具合が悪くなったりしたときに、病院に連れて行ってもらえなかったからです。親に助けてもらえないばかりか、殴られてしまう。それで仲間うちにあった覚醒剤で痛みを止めるうちに、依存症になった人がかなりいます。家族以外の身近な人から暴力を受けた場合も同様で、助けてもらえないばかりか、つらい思いを誰にも言えず、売薬依存(市販薬に依存すること)になってしまった人もいます。 ———- p.216 虐待はもっともプライベートに見えてもっとも政治的な問題でもあります。性の問題は力関係によって左右されるんですよ。性という一番閉ざされた私的なことがらや家族の秘密が、政治や国家の暴力につながっていることは、意外に指摘されないままになっています。戦争は最終的には敗戦した側をレイプすることで終わるように、性の問題は戦争の最後の下支えになっている。家族の力関係をみても、最も弱い少女(少年)が性虐待の被害を受けている。どちらにおいても構造は同じです。


くりこ@kurikomone2026年1月28日まだ読んでる日本で、家庭内の性暴力被害者の語りが沈黙化されているのは、余程、性暴力が家庭内で行われている証拠だという指摘は深くうなずく。 やっぱりサバイバーの語りはこの国で一番都合の悪いことが含まれている。


くりこ@kurikomone2026年1月27日読み始めた被害と加害の暴力の連鎖のすさまじさに圧倒される。 家族というのは一番不可視化されてて政治的な空間だからこそ、密度を低める取り組みが必要だと思う。 この本にもあるように加害者は何等かの被害体験を抱えていて、誰にも助けられなかった人だ。そういうことを知っているからこそ、私にハラスメントをしてきたり、虐待してきた母を強く責める気が起きなくなってしまうしそういう人にも救われてほしいなと思う(トラウマの否認なのかな・・・。) 昨今、排外主義的言説を振りかざす人々を免責するつもりは一切ないのだけど、彼ら彼女たちも何か人に言えない傷つきがあるのだろう。正直政治には失望してるのだけど、脆弱性を開示して皆で担える共同体が沢山ほしい


ぴ@namacha2025年6月7日読み始めた「だから子ども時代を見つめることの意味は大きいのです。(中略) そして、これからはそういう選択をしなくてもいいんだ、自分で責任を負うんだと思えるようになるために、子ども時代を見つめるのです。」










