安野光雅 自分の眼で見て、考える

安野光雅 自分の眼で見て、考える
安野光雅 自分の眼で見て、考える
安野光雅
平凡社
2019年2月8日
12件の記録
  • あおいひと
    @bN17
    2026年9月21日
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年9月15日
    戦後すぐのバスは超満員で、ぼくは、ああこの人(朝鮮服を着た老婆)は乗れないなと思った。そうしたら彼女は 「ヒトリ ダマリノミチ ナガイ フタリ ハナシノミチ ミジカイ」 と言いました。 …… 若い自分はバスにぶら下がるようにして乗りました。老婆は乗れなかった。それっきり。 …… おいてきぼりにされる淋しさ、というのがあります。 (『ヒトリ ダマリノミチ ナガイ』) まるで夢でも見ているような、どこか既視感を感じられるような文章。 そのブレーキ痕は、「おいてきぼり」の場所からずっとその尾を引いている。黒いアドリアネの糸ーーそれを辿っていけば、ひとりぼっちになっている誰かにもう一度出会うことができる。
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年9月14日
    神さまは楽しいよ、読む人は見つけようとするけど見つからない。教養が邪魔をするんだね。探せないものは、じっさいあるかもしれないんだから。 (p.73-74) ほんとうのことを、あらゆる手段を尽くして探そうとする人と、 ほんとうのことを、眼鏡をかけていることを忘れて過ごしているのと同じように忘れている人と。 前者は世界を外に認め、後者は世界を外につくる。 どちらも固定的な「意味」というものを持たない(持つことがない)という点が共通点。 それを信じているか、信じていないかという違いはあるものの。 ほんとに神様は楽しいのかな、と思う。見つけようとしている人を眺めている人は、ほんとうのことを忘れているのではないか。(人じゃないから神なのだ、という当たり前のこと) "ユーモリストとまわりの人間との関係は、音楽家の場合のように対称的になるとは必ずしも言えないようなのだ。……ユーモアの伝達の場では、一人が中心に立ってユーモアを披露すると、他の人間は受け手の側に回るというのがふつうである。" (『精神の生態学へ(中)』 ベイトソン) ピエロが涙を流している理由は、対称的(水平性)な関係性が得られないという宿命性にある。 「教養が邪魔をするんだね」と、神頼み。 これはベイトソンが乗り越えようとした壁そのものであると言えそう。
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年9月12日
    ゴミの分別は別として、「無分別」でいいんです。分けてわかったというのじゃなくて、ほんとうにわかったときは、なにほどかの感動を伴うはずなんです。 (『常識と独創』) 「ほんとうにわかったとき」とは、自分だけに宛てられたメッセージを受けとること。たしかにそこには「なにほどかの感動」があると思う。  それなのにわたしにはわかりもしないこと、  知りもしない不思議について、  語ったことになります。  わたしはあなたのことを耳で聞いていましたが  今やわたしの眼があなたを見たのです。  それ故にわたしは自分を否定し  塵灰の中で悔改めます。  (『ヨブ記』 第四二章) ヨブは語れないことを語った。 語ったからこそ、それが「わかりもしないこと、知りもしない不思議」であることがわかった。 ヨブが語ろうとしたことは、語れないからこそ、常に「なにほどかの感動」を伴い続けるものであるのかもしれない。  物乞いの正直さを思えば、  俺の心は痛むのだ。  (『地獄の季節』ランボオ) このとき、ランボオはメッセージを受け取っているように思える。そのメッセージは彼独自の、ひとつの「季語」とも言えるのではないか。 それをそうと訳した当時の小林秀雄もまた、 「ランボオ」という季語を手に入れたのかもしれない。 自分にできることは、「ゴミの分別」だけであり、 それをやるのは、できるだけ澄んだ心をただ準備するためだけの行為、それだけであるということ。 自分ではなく、他者のそういった姿には、少なくとも「感動」があるように思える。 メッセージが来るか来ないかを気にすることは、 「自分を否定し」きれていない証拠であり、ゴミの分別が不完全であるということ。
  • saiki
    saiki
    @lighthouse_
    2026年9月7日
  • 五月
    五月
    @gogatsu
    2026年9月7日
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年9月7日
    「誰にも言っちゃだめだぞ、(中略)」。弟は神妙な顔で「絶対に言わない」。ぼくは相手の反応を確かめながら話すんです。「うそだよ、そんなこと」と言われないよう、少しずつ調整しながら話を進めていく。ずいぶん後になって弟が「あんなにふくよかな気持ちになったことはなかった」と言ってました。 (『鏡の中の世界』) 自分もこの嘘には「ふくよかな気持ち」になった。 この手の嘘を、これまでについたことがない。 自分がこれまでついてきた嘘は、いつも痩せ細っているのかもしれない。 この気づきから得るものはとてつもなく大きい。 気になった人は読んでみてください。
  • こんぺいと
    こんぺいと
    @konpeito
    2026年7月12日
  • 安野光雅さんの自伝。 安野光雅展に行って興味を持って。 何かで読んだり、誰かから聞いたりして知っていることもあったし、初めて知るなぁということも。 すごくタフな方だなぁ。 そして自分の感覚(五感)をフルに使って楽しめる人。 特に戦争の時にどうだったかは知らなかった。 旅の絵本に下書きはないっていうのはびっくりしたなぁ。 あと、そうだった!と思い出したのが司馬遼太郎さんとの街道をゆく。 最後の方、安野光雅さんだったな。 須田剋太さんの印象強いけど。
  • r
    r
    @teihakutou
    2026年3月20日
    いいなと思った言葉は、(どれも安野自身の言葉ではなく、安野が忘れられないと語った言葉だけど)つぎのような言葉たち。 「ヒトリ ダマリノミチ ナガイ フタリ ハナシノミチ ミジカイ」 「勉強をすることはインポータントではないんだよ、インタレストなんだよ」 「雲中一雁」 副題にもあるように、「自分の頭で考える」ことが大事だと何度も言っているのもよかった。 海外で一生涯忘れることができないのが“プリンの君”との出会いだというのには呆れたけど。もっと他にあったでしょう… 今日3月20日はちょうど、安野光雅の誕生日。
  • らっこ
    らっこ
    @rako16rakko
    2025年6月9日
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