一色一生
4件の記録
ジクロロ@jirowcrew2026年3月8日読んでるこの紫根液を六十度以上に熱しますと、鮮やかな色彩は消えて「滅紫」という鼠がかった色になります。「けしむらさき」とも呼ばれ、紫の滅んだあとの色香は、ふとした光線によって、底の方から紫が匂い立ってくるような、寂しげな情感をたたえて、佳人の老いた姿のようです。鈍色とまではいきませんが、紫の滅びたあとにのこる色香が、喪に服す哀しみの色としてまとわれる時、光源氏がいつもより一層なまめいて感じられたというのもわかるような気がします。 (p.28 ) 染織家である著者は色を生命として語る。 ゴッホが残した手紙にも、そのような表現が多く見られる。ゴッホが色について語るとき、その色が生きているように思えることがある。 "展覧会にピュヴィ・ドゥ・シャヴァンヌのすばらしい絵が一点出ている。 …… 人物の一人はワスレナグサの青だろう、他の一人は淡いレモン色、もう一人は和らいだピンク、もう一人は白、あとの一人は紫。地面は白と黄の小さな花が点々と咲いた草地。遠くの方は青で、白い町と川がある。全人類、全自然が単純化されている、もし、それがすでに実現されていないなら、かくあるだろうという形で。" 『ファン・ゴッホの手紙』(みすず書房) W22〔F〕〔フィンセントからヴィルへの手紙〕 〔一八九〇年六月五日ごろ] シャバンヌの『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』、ゴッホの目には、女神たちよりも色たちの方が主人に映っている。女神たちの一様な白い肌を活かし、動きを与えているのは、彼女たちの纏う色(布)であるという見方を教わる。 「色がものを生かしている」 これはただの比喩ではなく、事実なのだということを、著者は教えてくれる。 物語の中の光源氏もまた、文字により描写された色に生かされている。



