一色一生
7件の記録
汐見@siomi2509272026年6月14日読み終わった染織家・志村ふくみさんのエッセイ。 植物から色を抽出し糸を染める中での気づき、藍建ての難しさ、灰汁の重要性、織りに見る哲学など。 ふくみさんの染めと織りの着物を調べてみると、おお……!となる。実物を見てみたい。今後の展覧会のアンテナを張っておこう。 個人的に色彩関係に興味があるので面白かったし、自然や美といった大きなものに向き合い続けた人の深みを感じる。読書好きでもあるようで、全体に軽やかさも感じる文章。 p.13 "色はただの色ではなく、木の精なのです。色の背後に、一すじの道がかよっていて、そこから何かが匂い立ってくるのです。 私は今まで、二十数年あまり、さまざまの植物の花、実、葉、幹、根を染めてきました。ある時、私は、それらの植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が色をとおして映し出されているのではないかと思うようになりました。それは、植物自身が身を以て語っているものでした。こちも側にそれを受けとめて生かす素地がなければ、色は命を失うのです。"




琉璃@ruri-xxx2026年4月13日読み終わった先月、志村ふくみさんの作品を観る機会があったのだけれど、あのやわらかな色彩の揺蕩いの背後には、一生をこの道に捧げるという強い覚悟と自然への敬虔な想いが存在したのだと知って、あらためて心惹かれるものを感じた。 それにしても、この頃あまり本が読めない、読んでも自分の中に浸透してこないと思っていたのに、急に「読める」感じに変わってしまって驚いている。
ジクロロ@jirowcrew2026年3月8日読んでるこの紫根液を六十度以上に熱しますと、鮮やかな色彩は消えて「滅紫」という鼠がかった色になります。「けしむらさき」とも呼ばれ、紫の滅んだあとの色香は、ふとした光線によって、底の方から紫が匂い立ってくるような、寂しげな情感をたたえて、佳人の老いた姿のようです。鈍色とまではいきませんが、紫の滅びたあとにのこる色香が、喪に服す哀しみの色としてまとわれる時、光源氏がいつもより一層なまめいて感じられたというのもわかるような気がします。 (p.28 ) 染織家である著者は色を生命として語る。 ゴッホが残した手紙にも、そのような表現が多く見られる。ゴッホが色について語るとき、その色が生きているように思えることがある。 "展覧会にピュヴィ・ドゥ・シャヴァンヌのすばらしい絵が一点出ている。 …… 人物の一人はワスレナグサの青だろう、他の一人は淡いレモン色、もう一人は和らいだピンク、もう一人は白、あとの一人は紫。地面は白と黄の小さな花が点々と咲いた草地。遠くの方は青で、白い町と川がある。全人類、全自然が単純化されている、もし、それがすでに実現されていないなら、かくあるだろうという形で。" 『ファン・ゴッホの手紙』(みすず書房) W22〔F〕〔フィンセントからヴィルへの手紙〕 〔一八九〇年六月五日ごろ] シャバンヌの『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』、ゴッホの目には、女神たちよりも色たちの方が主人に映っている。女神たちの一様な白い肌を活かし、動きを与えているのは、彼女たちの纏う色(布)であるという見方を教わる。 「色がものを生かしている」 これはただの比喩ではなく、事実なのだということを、著者は教えてくれる。 物語の中の光源氏もまた、文字により描写された色に生かされている。



