プラムディヤ・アナンタ・トゥールとその時代(上)

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Sanae@sanaemizushima2026年1月10日読み終わったまずは上巻読了。 インドネシアの作家、プラムディヤがわたしは好きで、なぜこの作家が好きなのかがよくわかった上巻だった。 彼はオランダ植民地時代から、日本軍の占領、独立を経てスカルノ政権からスハルト政権という目まぐるしい時代を生きた作家だった。 マレーシアやフィリピンでは自分と見かけが違うと、彼らはまず英語で話しかける。公用語となっているマレー語やタガログ語ではない。 しかしインドネシアの人々はインドネシア語で話す。当たり前のことのようで、当たり前ではない。 ”国語“のウェイトが先の2カ国より重い。サラワクに住むマレーシア人が同じ島のインドネシア領に行って、インドネシア人に会った時に話していたことだった。 ところが、プラムディヤのこの本の中で書かれていたのは、オランダ植民地時代にはそれぞれジャワ人だったらジャワ語、スンダ人だったらスンダ語、これが第一言語となり、第二言語がオランダ語で、インドネシア語は第三言語だったということだった。 日本軍が来たときからインドネシア語が使われる機会が増えたとのことだが、そこから文学が担った役割がいかほどだったんだろうか。プラムディヤをはじめ、作家が社会を通じて国語の発展のためにも尽力したことが伺える内容だった。 「人間を、歓びと哀しみ、夢と障害、成功と挫折、現実への抵抗と屈服を背負った、まるごとの存在として理解することである。そして文学の問題は生きた存在としての人間の問題である。文学を理解することは人間を理解することであり、その逆もまた真である。」(p323) 「われわれはインドネシアの文化を一言で定義しようとは思わない。われわれがインドネシアの文化について論じるのは、古い文化の産物をピカピカに磨き上げて誇らしげに自慢するためではなく、新しい健全な文化のあり方を考えるためである。」(p382) いい言葉はたくさんあったけれど、特に好きなところ。だからプラムディヤが好きだ。 著者の押川先生の研究や翻訳にもお人柄が現れていて、だからわたしはプラムディヤが好きなんだなと再認識もできた。下巻も楽しみ!








