冬虫夏草(新潮文庫)

3件の記録
- 小夜@snowdrop_02026年5月11日買った読み終わった3/18に購入。そこからちょこちょこと読み進め、今日読了。 「家守綺譚」の続編。 前作と同じく、主人公の物書き綿貫を通した植物と怪異の交じるショートストーリーが綴られている。 前作は秋と冬の話が主だったが、今回は早春から早秋にかけての話。個人的に読み始めた頃と物語の初めの時期が重なり面白かった。 今作は、綿貫が、書生のまま儚くなってしまった友人の高堂の家で過ごす日々の話から、失踪してしまった賢く義理堅い飼い犬のゴローを捜索しに、旅に出る話へと変わっていく。 私は、途中からこの「冬虫夏草」を読み進めるのを、心の中で"ゴローを捜しにいく"と言っていた。 相変わらず、植物や景色の描写が美しいが、前作よりも、怪異の方に話の色が強くなっている。 前作で、天に昇りかけ、普通に歩いて戻ってきた綿貫なので、今回も持ち味の正直さと、人であってもそうでなくても分け隔てなく接するところ、そしてそれを、ある意味鈍感にやる性分でなんとかなるのだろうと思っていた。 後半、意図せず綿貫がやらかしたことに、高堂が頭を抱えていたが、高堂は高堂で、そちらの"湖"のバランスに尽力しているのだから、今回も頑張ってくれ。 友人の南川の視点を通して、"繋がれる"ものには"視え"、そうじゃないものには"視えない"というのが解ったが、私は前作から、隣の奥さまも、人なのだろうかと訝しんでいる……。 また、南川は、アマゴの女が営む宿に、真性の女だと思いこんで、足繁く通っているとのことだが、この南川の視点が、この小説の後ろの方で解説者が論じている"近代的"視点なのだろうと思う。 家守奇譚と冬虫夏草どちらも読むと、ジブリのとなりのトトロや、千と千尋の神隠しが観たくなる。 冬虫夏草の終わり方が、個人的に唐突・崖につんのめる心地だったのだが、どうやら本編への続編はなさそうだ。 姉妹編として、土耳古に行っている友人の話があるようなので、今度はそちらを読みたい。

