怪異学の可能性

怪異学の可能性
怪異学の可能性
東アジア恠異学会
角川グループパブリッシング
2009年3月26日
3件の記録
  • 紫嶋
    紫嶋
    @09sjm
    2026年6月21日
    『東アジア文化圏における「怪異」のあり方の把握、「怪異」という言葉の持つ歴史的有用性の発見と解読などを目的』とする学究団体による論考集。 現代の我々が怪異と聞いて思い浮かべるホラー現象やオカルティックな創作話ではなく、近代以前の日本においていわゆる「ふしぎなできごと=怪異」の類がどのように捉えられ、対処されてきたのかを、歴史学的な観点から分析・考察をしている。 これらを事象そのものに着目したり、民間伝承的な領域で探ろうとすれば民俗学の方へと寄っていくのだろうが、この本で行われていることはそれとも異なっている。 各時代における政治の場面でどのように「怪異」が取り扱われてきたのか。支配階級にある人々が何を「怪異」と捉え、それに対してどう対応をしてきたのか。 例えばある時代においては、朝廷と縁の深い寺社仏閣の境内で動物の不自然な死骸が発見されたなら、それは不吉な予兆(お告げ)であるとされ、占いや祈祷を行うという対処法まで確立されていた。「怪異」が起こった際、それに対処することが、むしろ政治の大事な仕事だった時代が確かにあった。 いくつもの論考からは、ある意味ではとてもシステマティックに「怪異」が取り扱われてきたことや、時代や政治体系の変遷と共に「怪異」のあり方も変化してきたことが浮かび上がってくる。 着眼点としてはとてもユニークだと感じた。怪異を極めて真面目に、学術的かつ史料に基づいて分析・考察することで、歴史的「事実」のみを追っていては見えてこない側面も捉えることができるかもしれない。 試みとしては面白いと感じるその一方で、「怪異」という言葉そのものに囚われすぎている印象も少し受ける。 また、科学的知識の不足していた近代以前の日本では、本来はもっと多くの出来事が「ふしぎなこと、こわいこと」として見なされていたはずだが、そこから娯楽的要素、民間ベースの事象を取り除いていくと、後に残るのは「鳥居が倒れた」だの「動物が死んだ」だの「火事になった」だのといったことばかりで、似たパターンの寄せ集めになってくる。 それらの「事象&対処の事例」を史料から拾い集め、この時代はこうだった、あの時代はこうだったとまとめるのみでは、学術的な広がりはあまり見込めないかもな…とも思う。 思考の枠組みは面白い分、中身がワンパターンになりがちに感じたのが残念だった。
  • キョウ
    キョウ
    @kyo_s2
    2026年6月20日
  • ランタナ
    ランタナ
    @lantana26
    2025年11月11日
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