

紫嶋
@09sjm
読書備忘録
文芸から学術書まで、幅広く読みます
- 2026年1月7日
観応の擾乱亀田俊和借りてきた読み始めた - 2026年1月5日
借りてきた読み終わった一言で言うならば、非常に評価に悩む本である。 この本は、イギリスの書誌学者ウィリアム・ブレイズによる『書物の敵』を、庄司氏が日本語訳した上で適宜加除補正したものとなる。 1880年に初版が出版されたブレイズの『書物の敵』を、50年後の1930年という極めて早い段階で訳し、日本国内で読める形にしたという点は評価に値する。 それから長らく、日本語で読める『書物の敵』といえば庄司氏のこの本のみであったという点も、一定の価値と認めることはできよう。 しかし、上記の通りこの本は純粋な和訳ではなく、「適宜加除補正」がなされているという点に注意が必要である。 そしてまた、この「適宜加除補正」の仕方がとにかく酷い。 ブレイズが書いた元の文章の和訳が続いていたかと思うと、シームレスに庄司氏の主観混じりの補足や主張が挟み込まれたり、ブレイズが記した文章を端折り、代わりに日本における事例を書き加えたりと、やりたい放題だ。 そのせいで、一体どこからどこまでが真にブレイズが記した『書物の敵』の内容なのか、一見しただけでは分からなくなってしまっている。 加除補正を行なった理由として庄司氏は、50年の歳月が経過して現状からズレが生じていたり不足があったりすることを挙げているが、せめて純粋な和訳を載せた後、各章末に補足として私見なり自論なりを載せればよかったのに……と思わずにいられない。 こうした、ともすれば編者の驕りともとれる改変のせいで、結果としてこの本自体の価値も薄れてしまっている。 幸いなことに、現代では八坂書房から出版された完全かつ純粋な日本語訳の『書物の敵』が存在している。 ブレイズの『書物の敵』に興味を持った人は、ぜひそちらをお読みいただきたい。 - 2026年1月3日
書物の敵ウィリアム・ブレイズ,William Blades,高宮利行,高橋勇借りてきた読み終わった元となるのは19世紀イギリスの書誌学者、ウィリアム・ブレイズが啓蒙も兼ねて記した書。その完全かつ純粋な日本語訳は、この本が初めてかつ唯一となる。 「書誌学」という学問の存在を、私はこの本を読むと同時に初めて知った。物(ガワ)としての書物の有り様や取り扱われ方を研究分析する学問…というところだろうか。古の巻物や羊皮紙に記された写本から、現代の印刷技術で大量生産された本に至るまで、全てが研究対象になり得る。 古い書物であればあるほど、現物が失われていたり不完全であったり、原本がなく不確かな写しやさまざまな記録から情報を集めるしかないことは想像に易い。 この『書物の敵』はタイトル通り、古来から絶えず書物の敵となり続けてきたさまざまな要素を、火や水、埃や虫、人の手による破壊など章ごとにまとめ上げている。 そこには、書誌学に向き合ってきたブレイズ本人の経験や想いも多分に含まれているのだろう。きっと自身の研究を進める中で、抗えない天災で失われた書物を思って悔しさを味わったり、無知や軽率さからくる人災で損なわれた書物を知って憤まんやる方ない思いを抱えたりしたのだろうな…と文章の端々から滲み出る彼の嘆きや怒りから推察される。 21世紀の今においても、火や水は常に書物の敵であり続けているし、ブレイズが本を記した当時と比べれば幾分かマシになっているとはいえ、本を雑に取り扱う人や本の価値を顧みない人によって、今なお書物は損なわれ続けている。 読書家、特に紙の本を好んでいる人がこの『書物の敵』を読んだなら、きっと書かれている内容やブレイズの想いに共感できると思う。 そしてまた、彼の時代にはなかった、現代ならではの書物の敵についても思いを馳せたくなる。読書人口の減少、デジタル化の推進、図書館や大学など文化施設の予算も減らされるこの時代において、紙の書物は果たして適切に守られ残されていくのだろうか。 本文の最後に添えられている、ブレイズの後書き文がまた良い味を出している。ここに込められた「書物愛・読書愛」は、時代を越えて通ずるように思う。 - 2025年12月14日
プロジェクト・ヘイル・メアリー 下アンディ・ウィアー,小野田和子,鷲尾直広借りてきた読み終わった良いところで上巻が終わっていたので、続きが気になりすぎて読み始めた下巻。最後の最後まで気の抜けない展開にハラハラワクワクしながら読破した。 以降、ネタバレ含むので注意。 前情報なしで読み始めた時に想像していた内容とは良い意味で異なっていた本作。一言で表すならばSFバディ物とでもいう話だった。 そのバディの相手が、人間でも地球産のアンドロイドでもなく、遠い星の異星人であることがとにかく面白く、彼の存在が終始癒しであった。当然言葉も何もかも通じない二人が、意思疎通できるようになっていくまでの流れはかなりの見所だと思う。 また、そんなバディの二人が「共闘」して挑む対象も、宇宙に生息する微生物や、それらがもたらす深刻な環境問題であり、銃火器で戦争をするのとは異なる方向性での深刻で気の抜けない「戦い」の様子から目が離せない。 各々の星や種族の滅亡がかかった重大なミッションでありながらも、どこかユーモラスな空気が漂い続けているのは、彼らが二人とも純粋でひたむきな知的好奇心の持ち主だったからだと思う。 知らないことに対する「知りたい」という気持ちは、相互理解においてもあらゆる進化においても、また問題解決においても極めて重要な鍵になるのかもしれないな…と感じた。 映画化も進行しているとのことで、成功したら良いなと願っている。 - 2025年12月4日
日本怪談集 取り憑く霊種村季弘借りてきた読み終わった動植物や物、人体に関する霊や怪異の物語を集めたアンソロジー。どれもひと時代前に生み出された話なだけあり、古き良き怪談の香りがする。 幽霊そのもののあからさまな恐ろしさよりも、何かが起こるかもしれない、何かがいるかもしれない、あるいはもう裏では何かが起こっているかもという不安を煽る雰囲気ホラーは日本の十八番であり、この本でもそんな元祖ジャパニーズホラー的空気を味わうことができた。 江戸川乱歩の『人間椅子』を怪談扱いすることの是非については要審議だと思うが…今で言う「人怖(ヒトコワ)」のはしりとして捉えればありなのかもしれない笑 - 2025年11月10日
- 2025年11月7日
プロジェクト・ヘイル・メアリー 上アンディ・ウィアー,小野田和子,鷲尾直広借りてきた読み終わった「一切の前情報なく読んで!できれば映画化でネタバレを踏む確率が上がる前に!!」というような声を多く見かけたため、ならば今のうちに…と読み始めた作品。 同様の読書家が沢山いると思うので笑、ここでもネタバレなしの感想に留めておくが、重厚に練り込まれたSFでありつつも、科学や宇宙に疎い人間が読んでもちゃんと「なるほど」と心地よく理解できるよう描写されていて、バランスの取れた苦にならない理系小説といった感じだった。 話の展開上、作品の世界観や主人公の置かれている状況などが見えてくるまでに少し時間がかかるため、それまでは正直じれったさというか…退屈さもあったのだが、話が見えてくると共に面白さのエンジンがかかり始め、200ページあたりからぐっと掴まれる感覚があった。予想外の展開も多々あり、そう来たかと。 気づけばワクワクしながら上巻を読み終えた。 これを書いている現時点ではまだ下巻は読めておらず、ここから先どうなるのー!?とそわそわしているが、引き続きネタバレを踏まないよう気をつけながら、物語を最後まで見届けたいと思う。 - 2025年11月1日
都市 江戸に生きる吉田伸之借りてきた読み終わった近世以降、日本最大の都市であった江戸について、城下町やその内訳である町方・寺社・宿場といった空間としての仕組み、そしてそこに暮らす人々の商いや生活の成り立ち方などについて丁寧に論述している新書。 特筆すべきは、筆者自身も強いこだわりを持っている視点…幕府や武家といった支配層の上からの視点ではなく、ある意味では非支配層ともいうべき民衆の側から見た、下からの視点で都市の有り様を分析していることである。それにより、生活空間としての江戸のあり方が、とても生き生きと血の通ったものとして立ち現れてくる。 本文は憶測に頼ることなく、様々な史料や数字を土台に書き上げられている一方で、「おわりに」の章に記された筆者の想いの丈の温かさに心打たれた。一部を引用する。 >江戸を生きた民衆たちは、(中略)けっして「名も無き民衆」ではない。一人ひとりが、権力者や偉人・英雄たちと同じように、生を受けて以来、かけがえのない名前を持ち、その後の人生を歩んだ実在した人びとなのである。 こう考える筆者だからこそ、民衆の視点に立つことを徹底しているのだろうと納得した。 - 2025年11月1日
江戸人の教養塩村耕借りてきた読み終わった主に江戸時代に書かれたり読まれたりしていた様々な古書を読み解き、当時の人々の思想や価値観、日常の暮らしの様子などを解説する一冊。 元々が新聞の連載であったこともあり、コラム形式でさっくり読める内容になっている。ちょうど見開きで一項目ずつ、平易かつユーモラスな文調で読みやすい。 古書と一言で表してもその種類は豊富で、学者の手記もあれば一般人の日記や手紙、さらには店の納品書なども含まれる。 いずれも当時の様子を伝える大切な資料であり、(一部は写ししか残っていないものはありつつも)こうして紙と文字による情報が残り続けていることは凄いこと。 江戸時代の識字率や、様々なことを書き残すという習慣、そして出版の隆盛なども大きく影響しているのだと思う。 そう考えると、たとえ当時の人にとっては何気ないメモ書きであったとしても、重みが増すのを感じるのであった。 - 2025年10月24日
読み終わった買った先日山陰地方を経由して旅行する機会があり、ならばその道中に読もうと選んだのがこの一冊だった。 尾崎翠は明治生まれ、鳥取県出身の女性作家。若くして文才を開花させ、さまざまな作品を残している。残念ながら、自身の体調などの事情で次第に執筆量は減り、晩年は再び筆をとることなかったが、一部からは高く評価された作家である。 そんな彼女の内なる思考や世界観、理想とした文学の精神性のカケラたちが、作品の隅々にまで散りばめられている。 作風はどこかふわふわと漂うようで、内省的で、時にシュールでもある印象を受けた。文体については明治大正という時代性もあるだろうが、それを差し引いても詩的で掴みどころがなく、少し難解さも含んでいる。 例えるなら、薄暗い屋根裏で一人詩作に耽るような雰囲気。輪郭が曖昧な朧月や、空気の潤んだ朝靄のような……そういった明度や彩度、湿度を持った作品群だった。 決して暗鬱としているわけではないが、溌剌さには少し欠けた、表面上は物静かだが頭の中では絶えず騒がしいくらいに思考を巡らせているタイプの。 実際、そんな人物が彼女の作品には数多登場する。特にそういった、少し考えすぎて風変わりであったり繊細さを秘めているような少女が登場する時、それはもしかすると筆者自身がモデルになっているのではないかと思う。 同様に、作品にたびたび漂う湿度ある空気や、晴空より曇り空が似合いそうな情景も、筆者が生まれ育った鳥取の自然・天候の影響があるのかもしれない。 代表作である『第七官界彷徨』は確かに恋愛の哲学めいていて、登場人物のキャラも濃く面白かった。 個人的にはそのほか『歩行』『花束』『無風帯から』あたりが好き。 唯一、この本に関しての難点を挙げるならば、巻末に筆者の年譜がある一方で、作品の掲載順は発表順にはなっていない。 そのため作風の変遷や文章の精神性の深まりを追おうとするには少し不向きであることが、個人的には残念だった。 - 2025年9月26日
キッチン常夜灯(1)長月天音読み終わった買った働くということから逃れられない現代人は、時に忙しさや疲労から日々の食事をおざなりにしがちだが、温かく美味しい食事で自らを労ることは、何よりの生活の基盤であるということを思い出させてくれる小説だった。 作中では、ままならない人間関係や仕事の悩み、大切な人との別れなど、人生におけるシビアな局面も沢山描かれている。だからこそ、真心を込めた美味しい料理でもてなしてくれるシェフたちの存在や、眠れぬ夜や孤独な心の居場所となってくれる店のありがたさがじんわりと胸に沁みてくる。 登場する料理はどれも実に美味しそうで、けれどその描写に終始したグルメ小説ではない点も良かった。あくまでメインは、料理を食べる人・作る人たちであって、そうした人々の温かく時に不器用な交流を描いたヒューマンドラマである。 仕事から帰ってきた夜、眠る前にベッドで一話ずつ読み進めたくなるような…そんな一冊だった。ただし、お腹が空くことは必須なのでご注意を! - 2025年9月13日
透明な夜の香り千早茜借りてきた読み終わったテーマとなる「香り」というものが持つパワー、魅力、奥深さを120%活かし尽くした物語だったと思う。 嗜好品としての香水やアロマに限定することなく、また調香師のお仕事系小説にとどまることなく、人間の人生・記憶・生活に否応なしに(良くも悪くも)寄り添い染み付く「香り」を主軸に展開していく物語は、とても読み応えがあった。 料理や生活用品に活用される健全で実用的な香りから、事件や嘘と結びつく後ろ向きな香りまで、作中ではさまざまな香りの描写が登場し、その都度文字の向こう側に漂う香りを想像という嗅覚で感じ取ろうと意識が働く。そんな読書体験もなかなかないため新鮮だった。 思えば香りとは、単にそれ自体のにおいというだけでなく、そこから連想される何かや個人の記憶にも深く結びついていて、その情報量は侮れないのだなと気付かされる。 登場人物たちのキャラ付けのバランスも非常に良かった。誰もが未熟と達観を抱えながら、自分の過去や感情と向き合っていると感じられる。ありがちな恋愛展開にもならず、この物語の彼らだからこその関係性にゆったりと着地したような読後感が心地よかった。 - 2025年9月11日
日本怪談集 奇妙な場所種村季弘借りてきた読み終わった様々な作家による「怪談」を集めたアンソロジー。 上下巻のうち、こちらは上巻にあたる。副題に「奇妙な場所」とあるように、とりわけ家や土地、地形などに縁のある怪談が揃えられており、その分類の仕方にはある種「怪談と場所の性質や関係性」に着目する学術的な視点をも感じる。この視点を突き詰めれば、文化人類学的研究テーマにもなりそうだ。 今回手に取ったのは新装版だが、元となっている本は1989年の刊行ということもあり、収められている話はどれも、良くも悪くも「古臭い」。 この印象は、明治大正期の作家の作品も多く掲載されているからと言えるが、中には1984年に初版が発行された本からの出典もあるため、当時としては新旧の怪談を幅広く集めたというコンセプトだったのだと思われる。 この「古臭さ」が良い味を出している。中には文章がとにかく難解であったり、現代的ホラーに親しんでいる身からすると「で、オチは…?」と拍子抜けしてしまう作品もあるのだが、それでも行間から漂ってくる、木造建築のきしみや物陰の温度、沼や川の澱んだ水の臭い、ふと肌を撫でる生ぬるい風、人間の凄惨さと淫靡さと業、幽霊とも妖怪ともつかぬ存在の名残……などが、タイムカプセルのように古い時代の空気を運んできてくれる。 たしかにこれは、ホラーというよりも「怪談」と呼ぶに相応しい話の数々だなぁと思う。 こうした本でなければ出会うことのなかった物語、知ることのなかった作家にも沢山触れることができた。これを機に、惹かれた作家の著書も読んでみようかと思った。 - 2025年8月19日
- 2025年8月15日
丸の内魔法少女ミラクリーナ村田沙耶香借りてきた読み終わったたまたま表紙とタイトルが目に留まって読み始めた本だったが、どの作品も独自の世界観が光り、ぐいっと引き込まれて面白かった。 四つの短編が収録されていたが、どれもに共通して感じたのは、常識に対する疑問や転換というか。常識や普通とされていることと、登場人物との間に生じた隙間から物語が溢れ出してくるような印象であった。 想像力豊かな突拍子のない物語のようでいて、けれども現代や近い未来に起こり得ないとは限らない絶妙なリアリティも伴っていて、読んでるうちに不意に身近なテーマに感じられる瞬間があったように思う。 個人的には、表題作の「丸の内魔法少女ミラクリーナ」が一番好き。p15の「ストレスフルな日々をキュートな妄想で脚色して何が悪いんだ」という一文にグッと来た。 「変容」もよかった。世にも奇妙な〜などでドラマ化されて欲しい話であった。 - 2025年8月13日
堕ちる 最恐の書き下ろしアンソロジー三津田信三,内藤了,宮部みゆき,小池真理子,新名智,芦花公園借りてきた読み終わった個々の作品の出来は別として、まずアンソロジーとして「なんじゃこりゃ」というのが率直な感想。 タイトルや煽り文からして、「最恐のホラー」をテーマとしたアンソロジーと思われるが、掲載されている作品の中には、最恐と言うほど怖さを追求してなさそうな作品や、そもそもホラーなのか…?と判別のつかない作品も見受けられる。 全作品書き下ろしという以上、何かしらのオーダーを添えて各作家に執筆依頼をしているはずだが、その際に「最恐のホラー」というテーマを伝えきれていたのか?と疑問が残る。伝えた上でお出しされてきたのがこれらの小説なら、それはもう何も言えないのだが。 怖かったかと言うと、うーーーーん……。少なくとも、最恐の煽りに惹かれるような人間にとっては、少々肩透かしだったかもしれない。 - 2025年7月19日
くらのかみ小野不由美借りてきた読み終わった「田舎の旧家の相続問題と、不穏な祟りの噂」という舞台設定は、否応なしに仄暗い事件を予感させてくれる。 事実、この家の後継問題は泥沼化している様子ではあるのだが、この本は元々が子供の読者も想定したミステリーということで、人間の醜さや死の気配の描写は最低限であり、それよりも「力を合わせて真相を暴き、犯人を見つけて親を守ろうと奮闘する子供達の姿」にスポットが当てられている。そういう意味では少年探偵団的なワクワクとした要素も含まれる。 とはいえ、田舎の家特有の迷路のような広大な構造や複雑な家系図を読み解きつつ謎を考察するパートはなかなかに本格的だった。また「いるはずのない子供に扮した座敷童子」というファンタジー要素が一粒加えられることで、独自の空気感が生まれている。 泥沼化した大人の話し合いの詳細が明かされない分、はっきりしない点も多くて物足りなさを感じるという部分もあるのだが、残虐表現などがないため子供がミステリー小説デビューをする際の最初の一冊にはちょうど良いと思う。 - 2025年7月9日
八月の御所グラウンド万城目学借りてきた読み終わった良い意味でクセやくどさがなく、するりするりと読める一冊だった。じんわりとしみて、少し切ない、人の温かさを感じられる話が二作収められている。 作中に沢山登場する京都の地名は、現地の景色を知っていたり土地勘があったりするとより臨場感を感じながら物語を楽しめると思う。 表題作の「八月の御所グラウンド」は、まさにこれから暑さの盛りを迎えるこの季節に読めてよかった。来月の五山送り火の日にも思い出す作品となりそう。 - 2025年6月22日
叡智の図書館と十の謎多崎礼借りてきた読み終わった時代もジャンルもさまざまな(ただしファンタジー・SFが多め)短編集でありつつも、その外側に大枠となる一つの物語も存在しており、さくさく読めつつ程よく奥行きも感じられる一冊だった。 私自身はこうした入れ子構造の物語やギミックが大好物なので、非常に楽しく読んだ。 長編を読むのが苦手という方や、この作者の本を試しに読んでみたいという方には薦めやすいかもしれない。 叡智とはなにか、守人は何者か。 万有の知恵は人間を救い、理想郷へ導き得るのか。 この本の初版の出版は2019年2月なので、連載していたのはそれよりさらに前ということになる。 そのため当時の作者がどこまで意図していたのかはわからないが、不思議と今まさに繰り広げられているAI問題にも深く関わるような……そんなテーマと問いを最後に突きつけられた気がした。 最近になり、新たにプロローグとエピローグを追加した完全版がハードカバーで出版されたと聞いたため、機会があれば手に取ろうと思う。 - 2025年6月7日
くますけと一緒に新井素子借りてきた読み終わったまず初めに言うのなら、これはホラー小説ではないと思う。少なくとも、書店のPOPや本の帯に書かれている煽り文は、昨今のホラーブームに便乗して売ろうという業界の下心としか思えないし、むしろそんな煽り文を添えてしまうとこの物語の良さや大切な部分から遠のいてしまう気すらした。 さて、ホラーではないと書いたものの、この物語の中で書かれている現実は、主人公の幼い少女にとっては「恐怖」そのものだと思う。両親の不仲や愛情の欠落、学校でのいじめに苛まれていたと思えば、今度は親を亡くし、引き取られた先の家の人たちと親しくなればなるほど、今度はその温かな居場所を失うことを恐れたり、自分の心の中にある影や不安と向き合う苦しさを味わったり。 そんな少女の心の拠り所となっている大切なぬいぐるみも、周囲からは非難や嘲笑の対象になりやすく、それがまた少女を傷つけてしまう。 作中のおどろおどろしい描写は、そんな子供の視点から見た恐怖の象徴でしかないし、少女が心の傷や己の現状と向き合い、そして信頼できる保護者を得るまでの話と捉えれば、ホラーどころかラストはむしろあたたかで優しいお話だった。 まあ、「でも、もしかしたら本当にこのぬいぐるみは…」というファンタジー的な描写もあるところは、作者のテイストなのだろうけれど。 あと個人的にはこの作者さんは随分独特な文体の方なのだなぁ、と。この辺は好みが分かれるかもしれない。私はちょっとしらけそうになってしまったが、幸い子供の視点が多い物語だったので、この辿々しさも子供だからだと考えればギリ読めるかなという感じだった。
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