JUMPEI AMANO "懐疑論" 2026年3月5日

JUMPEI AMANO
JUMPEI AMANO
@Amanong2
2026年3月5日
懐疑論
懐疑論
古田徹也
読み終わった!懐疑主義/懐疑論について、副題の通り「古代ギリシアからデカルト、陰謀論まで」を鮮やかにまとめつつ、そのうえで私たちがいま直面している問題にも接続してくれる、非常に良質な新書だった。 過激な懐疑論(全面的懐疑論/局所的懐疑論)には与せないけど、ヒュームの「穏健な懐疑論」や中期アカデメイア派の懐疑主義の探究の方向性には、心情として共感できるところがある。でも、それが容易く挫折してしまう理由も、今の世界を見ていると痛いほどわかってしまう。 ピュロン主義(本書で特に「懐疑主義」と呼ばれるもの)の〈日常へと回帰するための治療法の探究〉(216頁)というのも、魅力的でやはり共感してしまうのだけど、こちらも徹底がなかなか難しいなと感じてしまう。そして、その難点が取り上げられる第5章3節からの流れがまさに今回読みたかった内容なのだった。 『このゲームにはゴールがない』を読んだとき、「文法」という用語(ターム)に対面したときにも感じた難しさが、懐疑主義における「習慣」や「生活形式」にもあって、それがまさに「保守性」の問題なのだけど、生活に習熟すること、それについてよく知ることが、その中身をよく吟味し、批判するための前提にもなりうるという契機が描かれていて、「ああなるほど、そう捉えることができるのか」と、数年越しの回答を得た思いだった。 ただ、懐疑主義がそのための足がかりになることは間違いないと思う一方で、やはり「根の深い生活を送ること」が「日々の暮らしに習熟すること」であるなら、そこには根をはがす痛みも伴うから、やはりその問い直しの営みタフにならざるを得ないのかな、とも思った。 でも、何度も本の中で強調される通り、「性急さ」を避けるためには、一歩一歩、日々のルーチンやなんとなく想定している「我々/彼ら」といったカテゴリを点検し、その固定性を弱めていくしかないのだろう。果てしないけど、心がけたいことだ...。 最後に個人的に考えたいのは、懐疑主義は焦らず地道に継続していく実践としてはとても大事で、そのための「判断保留」の姿勢も有効だと思うのだけど、他方で、そこには「待機」の(主に伝統的な生活形式の内部にいるようで外部に据え置かれがちなマイノリティの側に生じやすい)問題がある気がするのと、緊急的に判断保留を打ち切らねばならない局面が(やはりマイノリティの)日常にはあると思うから、そのあたりのバランスをどうとっていくか、かなあ。 古田さんの本を読むと「なるほど、でも、やはり、いや、そうか、しかし」と考えることが増えるし、次の問いのきっかけをもらえるから楽しい。良い読書時間だった。
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