
浮舟
@ukibune_1991
2026年3月6日
千羽鶴
川端康成
読書日記
千羽鶴・波千鳥
千羽鶴は川端康成の特徴である虚無と幽玄、業を見事に表現している。
川端作品に登場する主人公は美しい者を見つめるだけで自らの意志で手に入れようとしない。
千羽鶴もまた、主人公は動かず、周りが忙しなく動いていく様子が映し出されている。
菊治はちか子の誘いで茶会に参加して稲村ゆき子を紹介された時に偶然太田夫人とその娘、文子と出会う。
ちか子は菊治のお世話を忙しなく行い、太田夫人は愛嬌で近付き、文子は菊治に寄りかかるように近づいて行く。
菊治は彼女達を美しいと感じながらも手に入れようとはせず、ただ見つめるだけで彼女達は苦しみ死んで行く。そして菊次も自らの元を去った彼女達の幻影を見て苦しみ涙する。
このように自己が虚無であり、ただ美しい者を見つめるだけで手に入れようとせず、失われた何かに対して言葉に出来ない感情という名の幽玄が宿る。千羽鶴はそういう類の作品であり、川端の魔界とはこのような感覚なのだと思う。
また、千羽鶴の面白いところは、主人公が菊治なのか、茶器なのかが分からないのところである。
太田夫の黒織部、太田夫人の志野焼茶碗、太田文子の志野焼の水指、菊治父の唐津茶碗。
この茶器達の長い物語に彼等が居たのか、彼等の物語に茶器があったのか。現実なのか茶器に宿る記憶なのか分からない前衛的な作品であると感じた。
千羽鶴は未完作品ですが、むしろそれが好みです。川端作品の中でも特に読んで良かったと思いました。
