sim_swim_awesome "タダイマトビラ" 1900年1月1日

タダイマトビラ
タダイマトビラ
村田沙耶香
母性に倦んだ母親のもとで育った少女・恵奈は、「カゾクヨナニー」という密やかな行為で、抑えきれない「家族欲」を解消していた。高校に入り、家を逃れて恋人と同棲を始めたが、お互いを家族欲の対象に貶め合う生活は恵奈にはおぞましい。人が帰る所は本当に家族なのだろうか? 「おかえり」の懐かしい声のするドアを求め、人間の想像力の向こう側まで疾走する自分探しの物語。 🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠 🚪🫙🐜 とんでもないラストで読後呆然。村田沙耶香さんの作品はエッセイしか読んだことがなかったが、こりゃすごい。訳がわからなくてすごい。分かりそうだけど分からない。笑 「この家で、私たちは無理に愛し合わなくてよかった。それが私たちを追い詰めてもいたし、同時に、どこかで救ってもいた。」 機能不全家族に育った人なら、これはとても"分かる"感覚だと思うのだが、作者の村田沙耶香氏はとても家族仲が良い家庭で育ったのだという。益々わけがわからん。← 「主婦としての仕事は全部ちゃんとこなしてるのに、何でだめなのか、ぜんぜんわかんない」と言う母。 「こなすってなんだよ、仕事を辞めさせた俺へのあてつけかよ?子育ては、仕事じゃないだろ。もっと愛情を持てって言ってるんだよ」と言う不倫して家にいない父。 それを冷めた気持ちで見つめる恵奈。諦めきれない弟、啓太の差はなんだったのか。 大学の青年心理学の授業で、アメリカの作家リング・ラードナーの言葉を先生が紹介してくれたことを思い出した。 “The family you come from isn’t as important as the family you’re going to have.” 『あなたが育った家庭は、これからあなたが持つ家庭ほど大切ではない』 恵奈はこの考えを地で行く。育ちの家庭には一切期待せず、自分がこれから作り上げる過程のために着々と準備する。ないなら作ればいい、工夫すればいい、と自分の境遇は気にも留めない。 同じ家に生まれながら、全く違う反応を見せる姉弟。家族の結びつきが弱い家庭に於いては、家族以外の人間関係が大きく影響するということなのか。 資本主義は家族(家庭)を幸福の象徴として賛美するけれど、その前で苦悩する人は少なくない。日本の殺人事件の内訳は家庭内が半数を占めており、理想の家庭像との乖離に耐えられなくなってしまうのかもしれない。 樋口毅宏さんの熱量が高い解説も必読。先に解説読んでもこのラストは予想できないよ…。 「ネグレクトの母親に育てられた女の子の一人称で、生きていること、特に生理的なものへの嫌悪感を綴った描写に息を呑んだ。」 これに尽きる。 こりゃ映像化無理だなと思うし、活字だからこその想像で楽しめるラスト。 「家族を作る」という行為の「失敗」「成功」とはなんだろうか。読みながら考えていたのだけど、そんな些細なことはぶっ飛ばしてくれるラストでした。
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