sim_swim_awesome
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- 2026年3月7日
語るに足る、ささやかな人生駒沢敏器気になる - 2026年1月24日
生きるぼくら原田マハおにぎり食べたくなった🍙 実家で米を育てている父が、ちょうど2年前くらいから籾殻燻炭を活用するようになったのだけど、かなり時間がかかる作業らしかった。燃え残りがないように掘り返すこともだけど、何枚も田んぼがあるとその量も多い。まず籾殻を十分な量集めるところから骨が折れる。 本作の中ではサラッと2行くらいで描かれていたけれど、米を育てるのは本当に大変!機械を使っても大変なんだから、マーサばあちゃんの田んぼはもう気が遠くなるほどだろう。 私が子どもの頃は、教科書に載っているような木の籾摺り機を使っていたんだけど、マーサばあちゃんもきっと木の籾摺り機なんだろうなぁと想像しながら読んだ。 認知症のマーサばあちゃんを心配するばかりに、外にも出さず周囲の助言を聞き入れず、監視体制を強化するつぼみ。こういうのってケアしている方が依存していることが多いように思う。愛情も一歩道を外れれば、歪な関係になってしまうということだね。 志乃さんの存在がありがたい一方で、やはりケアする役割は女性に偏っているというか…こうした役割を当然のように担わされるのって女性だよな…としんどくもなりました。 ただ、現代は他人の人生に踏み込むリスクみたいなものが目立つようになって、下手に踏み込まない人が増えたというか、希薄な人間関係が当たり前の世の中だから、リアルでこんな人がいたらいいなと思ってしまう。幻想だが。 人生がつぼみに母子家庭だったのかと尋ねるシーンで"「うん、そうだよ」つぼみは、悪びれずに言った"という一文があったのだけど、悪びれずにとは…?何を悪く思うのか…? 好みの作品ではなかったけれど、人生捨てたもんじゃないと思える。
- 2025年12月31日
センス・オブ・ワンダーレイチェル・カーソン,森田真生,西村ツチカ気になる - 1900年1月1日
タダイマトビラ村田沙耶香読み終わった母性に倦んだ母親のもとで育った少女・恵奈は、「カゾクヨナニー」という密やかな行為で、抑えきれない「家族欲」を解消していた。高校に入り、家を逃れて恋人と同棲を始めたが、お互いを家族欲の対象に貶め合う生活は恵奈にはおぞましい。人が帰る所は本当に家族なのだろうか? 「おかえり」の懐かしい声のするドアを求め、人間の想像力の向こう側まで疾走する自分探しの物語。 🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠 🚪🫙🐜 とんでもないラストで読後呆然。村田沙耶香さんの作品はエッセイしか読んだことがなかったが、こりゃすごい。訳がわからなくてすごい。分かりそうだけど分からない。笑 「この家で、私たちは無理に愛し合わなくてよかった。それが私たちを追い詰めてもいたし、同時に、どこかで救ってもいた。」 機能不全家族に育った人なら、これはとても"分かる"感覚だと思うのだが、作者の村田沙耶香氏はとても家族仲が良い家庭で育ったのだという。益々わけがわからん。← 「主婦としての仕事は全部ちゃんとこなしてるのに、何でだめなのか、ぜんぜんわかんない」と言う母。 「こなすってなんだよ、仕事を辞めさせた俺へのあてつけかよ?子育ては、仕事じゃないだろ。もっと愛情を持てって言ってるんだよ」と言う不倫して家にいない父。 それを冷めた気持ちで見つめる恵奈。諦めきれない弟、啓太の差はなんだったのか。 大学の青年心理学の授業で、アメリカの作家リング・ラードナーの言葉を先生が紹介してくれたことを思い出した。 “The family you come from isn’t as important as the family you’re going to have.” 『あなたが育った家庭は、これからあなたが持つ家庭ほど大切ではない』 恵奈はこの考えを地で行く。育ちの家庭には一切期待せず、自分がこれから作り上げる過程のために着々と準備する。ないなら作ればいい、工夫すればいい、と自分の境遇は気にも留めない。 同じ家に生まれながら、全く違う反応を見せる姉弟。家族の結びつきが弱い家庭に於いては、家族以外の人間関係が大きく影響するということなのか。 資本主義は家族(家庭)を幸福の象徴として賛美するけれど、その前で苦悩する人は少なくない。日本の殺人事件の内訳は家庭内が半数を占めており、理想の家庭像との乖離に耐えられなくなってしまうのかもしれない。 樋口毅宏さんの熱量が高い解説も必読。先に解説読んでもこのラストは予想できないよ…。 「ネグレクトの母親に育てられた女の子の一人称で、生きていること、特に生理的なものへの嫌悪感を綴った描写に息を呑んだ。」 これに尽きる。 こりゃ映像化無理だなと思うし、活字だからこその想像で楽しめるラスト。 「家族を作る」という行為の「失敗」「成功」とはなんだろうか。読みながら考えていたのだけど、そんな些細なことはぶっ飛ばしてくれるラストでした。
- 1900年1月1日
デートクレンジング柚木麻子かつて読んだ柚木麻子先生、もう本当に大好きです。いつも女同士の連帯を描いてくれるから。社会の仕組みが女同士を対立させようとも、困ってる女を女は助けて連帯するんだ。 実花を救いにいきたいって思いながら読んでた。 「私、自立して、お母さんをあの家から救いたいって思ってるの。」 そう言った実花の心情を想像するだけで泣ける。分かる。 芝田が『ミツ』で好き放題言えば、佐智子に代わって義母が応戦する。既婚、独身、子あり、子なしで時間の使い方が全く違うから、疎遠になる人が出てくるのあるあるだよね、こわごわとしか接することが出来なくなっていくの分かる。お互いを思い合って遠慮してるってことに気付いたのは最近のこと。 Podcast番組『OVER THE SUN』でもスーさんと美香さんが"女は結婚したり、独身だったり、子どもがいる、いない、地方、海外、都内と色々な生き方で一旦別れるけれど、50、60になってまた集合できるから大丈夫。それぞれの経験を持ち寄ってまた楽しく同じ時間を過ごせる"って言っていたのを信じてる。 『男と女は別の生き物だから〜』という言葉にずっとずっと違和感を持って生きてきた。でも柚木麻子先生がそんな言説ぶった斬ってくれた。 "彼女の言う、男を同じ人間とは思わず、距離を置いて賢く操縦せよというルールを、どうしても受け入れることが出来ないのだ。スマートな処世術に見えるが、形を変えたコミュニケーションの拒否ではないだろうか。" 痺れる。 「それ、個人の責任や努力で解決しなきゃいけない問題なのかな?さっちゃんが、実花ちゃんが強くなれば解決することなのかな?俺にも関係あるし、母さんにも、うちの商店街全体にも、なんなら俺たちのお腹の子にも関係あるんじゃないの」という夫の言葉がずしーーーーんときた。愛って…愛ってそういうことじゃん…
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