
綾鷹
@ayataka
2026年3月7日
ブレイクショットの軌跡
逢坂冬馬
SUV「ブレイクショット」の所有者が転々と変わる中で展開される8つ物語。自動車期間工から始まる物語は、投資ファンド、板金工、悪徳不動産、アフリカの少年兵などを繋ぎ、現代社会の歪みと人間の多面性を描く。
素晴らしかった。
各物語の伏線が繋がっていく様子が面白く、
困難な状況でも善良さを捨てない登場人物たちに感動した。
特に友彦の社会復帰が決まったと息子の晴斗が知るシーンは胸が熱くなった。
自分への失望、現実への憤怒を抱えて尚リハビリを続けた友彦、家族のために大学進学を諦め働いた晴斗、夫を支え続けた絵美。
何も悪いことをしていないのに事故によって絶望的な状況に陥っていく様子は胸が締め付けられたが、苦しみも努力も報われるようでほっとした気持ちになった。
彼らの善良さが繋がって、周りには常に支えてくれる人がいたのだと思う。
良くも悪くも自分の言動は周囲に影響を与えるということ、世界は単純に説明できないということをこの物語のメッセージとして受け取った。
最近は思ったことをはっきり言うことが良しとされるけど、自分はその影響まで考えて発言できているだろうか?
自分とは異なる立場から見ようと努められているだろうか?
単純な理論に飛びついて分かった気になっていないだろうか?
読み進める中で自分の浅はかな態度を恥ずかしく思い出したりしたが、大層な人間じゃないけど自分も善良でありたいと思わせてくれる物語だった。
・でもフォロワーの数を増やすための言葉を考えて、そのために短文を書いていると、そのうち自分の言いたいこと、書きたいことを忘れてしまうよ
・世玲奈さんは少しうつむいて、才能もいらないし短歌である必要もない、と答えた。ただ自分の言葉は自分のものであるべきで、誰かに評価されるための道具じゃないし、反対に、きみが五七五七七で短歌を詠めたとしても、歌会の偉い人に襲められるためにどう表現したらよいかと考えるなら、やはり自分の言葉ではなくなるのだ、とも言った。
・「あの・・・・・・記者会見、とてもご立派でした。宮苑さんも、霧山さんも」
冬は、面食らって友彦の表情を凝視した。彼は、少しだけ気恥ずかしそうに俯いた。
「正直僕には、難しすぎて、霧山さんの会社が何をしているのか分かんないです。けれど、偉い人たちが責任を取ってくれることで、現場の人が助かることは知っています」
虚を衝かれた思いがした。友彦は周囲に気を配るように視線をやって、軽く頭を下げた。
「大変かとは思いますが、お体にお気をつけください」
冬至は、目頭が熱くなるのを感じた。以前に初めてマンションのエントランスで会ったとき、友彦は言った。「お互い、手に職があるっていいですよねえ」.....。彼の声色は、あの時と何も変わらない。それは紛れもない、親愛の情の証だった。同じ、仕事を持つ者として、あるいは、同じ父としての。倨傲さばかりを肥大化させた自分は、それに苛立ちを感じた。公認会計士、板金工。タワーマンション、団地。何が違う。何も変わりはしなかった。
・しかしーー。
後藤友彦に出会ったとき、富豪にはほど遠い彼が、紛れもなく幸せに見えた。我が子の晴斗を「賢いし優しいし人に好かれる」と遠慮なく誉めてみせ、それを聞いた晴斗も笑っていた。
俺は我が子を、修悟をあんな風に誉めたことがあっただろうか。あるいは、修悟があんな風に笑ったのを見たのは、一体いつが最後だったか。
宮苑という超人を手本とし、その超人を目指すことでのみ、己の中の渇きは満たされると思っていた。だが、もしも自分が目指していた幸せの座標に、本当は、後藤友彦がいたとしたらーー。
・そうじゃなくって・・・・・・それも、あるんすけど、あの、後藤さんみたくかっこよく働いて、修理箇所みるだけでタワーでどこ引っ張るか分かって、ボルトも溶接も完璧で、そんで、しっかり働いて家族を幸せにしてる感じです。後藤さんは、かっこいいっす
・「翔。俺はそんなに大層な人間じゃないし、職人としても、特別ってほどの技量を持ってるわけじゃないんだ。課長といっても、他の同い年の連中に比べれば稼ぎもよくはない。でも、そんな俺にも、なくしようがない取り柄はある。それは、善良さだと思っている」
「善良・・・・・」
翔は聞き返した。そう、と友彦はうなずく。
「世の中には、なにがなんだか分からないほど難しい仕事をして一年に何億円も稼ぐ人が大勢いるし、俺は一生かかってもそっちにはいけないよ。でも善良さってのは、最大の資産じゃないかな」
・それまでで初めて、父親という存在を温かなものに感じたその帰り道、うとうとと眠気を感した。
できれば眠りたくなかった。もったいない、という気持ちがあった。父が運転するファミリアの、その後部座席の乗り心地を堪能したかった。
だが、結局自分は家に着くまで眠っていた。あの日、ファミリアの後部座席で、自分は安心に包まれていた。
きっと誰でもそうなのだろう、と友彦は不意に思った。皆、幼い日は、車に乗るとき、安心しきれる誰かがいて、その人に自分を乗せてもらう。自分が安全な場所にいること、それを疑いもしない相手が必要で、何一つ心配することなく、ぐっすりと眠れることが大切だ。
そして人生のある局面で、人は運転席に座る側になる。我が子を守り、大切な人を守り、安心をもたらして、座席で自分を信じる者を守るのだ。
そうやって、子どもの時に大人から得たものを、大人になった自分が、少しずつ、自らの子供へ返していくのだ。たとえ自らが得たものが少しでも。誰だって。
・この俺が、我が子を殴っていた。記憶もないまま、何度も、傷ができるほど。
友彦は泣き崩れた。中腹の姿勢を維持できず、床に顔れ、泣きわめきながら、何度も晴斗と、絵美に詫びた。ごめんよ、ごめんよ、と叫びながら、ひょっとして、こんなことを俺は何度もやっていたのだろうか、と思い、さらに恐ろしい気持ちになった。
「死んでおけばよかった・・・・あの事故で、死んでおけばよかったんだ」
口にすべきか悩む前に、友彦は口にしていた。あの日、ボルトの直撃によって死んでいれば、晴斗は殴られることはなかった。絵美に、こんなに辛い思いをさせることはなかった。きっと家族も、社長や同僚たちも俺の死を悲しんでくれたはずだ。善良なままで死にたかった。そう、善良さーー。
職能は獲得した技量であり、善良さは積み上げられた人格の上に成立する振る舞いだ。だから、それについては誰にも負けないだろうという思いが友彦にはあった。大金持ちになれずとも、有名にならずとも、身につけた職業技能と善良さは、奪われることはないと信じていた。
しかし、たった一回の事故が、すべてを奪っていった。なぜだ、なぜ死なせてくれなかったんだ、という、誰に対するものとも言えない憤りが、再び友彦の思考を鈍磨させつつあった。
・その手の話を聞いたあと、国連やボランティアの人たちを送迎する最中、つまり武器を抱えて守る最中、毎回思ったことを、また考えてしまった。元兵士や元武装勢力を社会復帰させる。.....なあ、それは僕も対象じゃないのか?
「お父さんは、僕やフェリックスを働かせてくれるのか?」
「よせよエルヴェ」
「確認したいだけだ」
フェリックスは、すこし迷ってから、ジェイクにそう尋ねた。
ジェイクは考えるそぶりを見せてから、答えた。フェリックスの顔が渋くなった。
「お父さんはそう言ったし、車が出る前に僕らにそれを申し出ようとしたそうだ。ただ、友達がそれを制止した。その友達は、僕らについて、『彼らの家族はおそらく武装勢力の守る土地にいるから、僕たちが勝手に逃げ出したら、多分、家族が怖い目にあらからやめておけ』って言ったそうだ」あの大男二人組の片割れ、黒人の男だな、と分かった。
その「友達」の認識は大変正確だった。「怖い目にあう」というのはたぶん、ジェイクが車内にいたから遠回しに言ったのだ。彼はこう言いたかった。ーー僕らの家族は殺される。
いつもこうだよな。僕らを助けに来ました、という人たちを僕たちは守っているんだ。民族抵抗同盟の言ういい人たちを。確かに彼らはいい人たちなんだろう。だが、それを僕らは銃を抱えて守って、通り過ぎるのを待っているんだ。なあ、と毎回言いたくなる。
あんたら、どういう気持ちで僕らを見ているんだよ?
・ジェイクは、フェリックスの肩に頭を乗せて、すやすやと眠っていた。
フェリックスは苦笑していたが、僕は心底うんざりした。考えてもみろよな。僕らはお前を守って戦ったんだ。危うく爆死しかけたんだぞ。プロスポーツ選手だって?前にフェリックスに聞いた。
あいつらは年間に何百万ドル・・・・・・さすがに本当だとは思わないけれど、とにかく大金をもらっている。
それで引退して、僕らの国に工場を建てて、社会復帰や国の立て直しを手伝うって?
だったらさあ、お前を守ってる僕らに、一万ドルくれよ、ジェイク。お前のお父さんは、ボールを抱えて走ったり蹴ったりしてるんだろ?それで一年で何百万ドル稼いでたんだろ?僕らの手元に1万ドルがあればさ、それで武装勢力をやめて、一生遊んで暮らせるよ。きみのお父さんみたいに、ボールを抱えて走ったり、蹴ったりしてやろうか。
・二〇一〇年代以降、性的少数者をとりまく環境は変化しつつある。欧米各国で進んだ同性婚の合法化は中南米にも波及し、東アジアでは台湾でも実現した。日本では、象徴的ながらパートナーシップ制度がいくつかの自治体で始まった。それはそれでいいことだ。救われた人もいるだろう。だが、少数者には常に「禁足地」が存在する。現代のゲイの場合、スポーツ界がそれだ。日本はともかく、世界的に見ればゲイであることをカミングアウトしている歌手や俳優は多くいるが、スポーツ界では、かつてのスター選手がカミングアウトすれば結構な騒ぎとなるし、こと現役選手に至っては、カミングアウトしているプロサッカー選手は絶無と表現して過言ではない。この事態を説明する際には、よくシャワールームやロッカールームを共有する特殊な環境が理由として説明されるが、ユースとして実際にスポーツ界の内側にいた晴斗の見方としては、それは順番が逆だった。いかに旧弊を廃そうと、性別は「男女」という二元論により区分され、異性を排し男同士によって結束する「男らしさ」の塊の世界。通常の社会では「ホモソーシャル」として批判されるものとなったそれらが、性別の区分を自明の前提とする競技スポーツの世界では正当化される。シャワールームやロッカールームを共有する空間を欲するのも、それら異性と同性愛者の排除を前提として成り立つ、同質性が結束する世界の価値観だし、ゲイの禁足地とはそのまま、ホモソーシャルに残された聖域でもある。
・目的と手段。夢と金。その関係は容易に入れ替わる。不安解消のためセミナーとカウンセリングを受けて、それにより現状を肯定する人間はほとんどいない。現在かなりの資産を持っているものでさえ、さらなる資産増加が必要という結論にたどりつく。自分たちもそれを煽っている。一億経済塾の内部は楽観論に満ちているが、それはすべて「このままではだめだけれど」「何もしなければだめだけれど」、という前提に基づくものだった。不安に基づく楽観論を与え、投資手段を教えると、皆は稼げ、稼げ、投資しろと自らを追い込むようになり、いつの間にか、夢を忘れた拝金主義者ができあがる。目の前の大内充がそうであるように。
・聖書に登場する喩え話というのは、全体で一つなんだ。神と言って分かりにくければ親でも自然でも世の中でもいいけど、自分が生まれる前に獲得するものは人によって差はあるし、分かりやすいプラスじゃないかもしれない。でも、それを自覚し、自分のためだけに使うのでも放置するのでもなく、他者のためにそれを育てながら夢を叶えて生きて、力を持たない人を助けてゆくことが大切だし、そのために、自分にあるものとは何かを探すことが必要だ、というのが僕の先生の解釈なんだ。喩え話の中でしもべが追い出されたのは、何かをできなかったことじゃなく、その方法を探さなかったことが理由だと言っていた。一部を抜き出して理解できないことも、師について前後を学ぶことで書物の思想が理解できる。これが多分、体系立った理解だと思う
・「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる。人はくじをひく、しかし事を定めるのは全く主のことである」
それは、かつて父から、日記帳に自分を励ます言葉を書いてほしいと言われて書いた、聖書の一節だった。自分を見失いそうになったら、それを見返すと言っていた。だが、友彦はそのこともすぐに忘れていた。晴斗もまた、その一節を書いたことを忘れていた。
友彦は笑っていた。かつてとはなにかが違う顔貌。だが、紛れもない父の顔だった。
・ふと気づいた。後藤晴斗が共に世界を巡ろうと決めた、霧山修悟。そのような相手は、自分にはいない。竜山も、真田も、自分のことを金づるとしか考えていない。
「晴斗、俺は・・・・・
もちろん「カズ塾長」なる虚構を崇めるカモたちもそうだ。皆、金がもたらされると思えばこそ自分に群がる。損と得で人間を測り、得をもたらすものを集めた。利用し、利用されることに慣れた自分には、それ以外の人間関係が存在しなかった。そしてそれは、後藤晴斗も同じだと思っていた、だが、違った。晴斗にとっての霧山修悟は、なにか損得を超越した存在だった。
それだった。俺が本当にほしかったものは。
「俺は、お前と友達になりたかったのに」
志気は自分でも思わぬことを言った。それによって初めて、晴斗の意表を突いたようだった。彼が息を呑む音が聞こえた。
『ごめんなさい』
返事は短く、そして単純だった。
・限界だった。馬鹿馬鹿しいリプライにそれぞれ返事を送っていては夜が明けるし、それをしていたらまたリプライが来て、返事をしているうちに翌日の夜になる。
<すみません、もうここに書きたいことがなくなりました>そうポストし、五分も待たずにアカウントを削除した。
自分の生きた証。ささやかながら痕跡のようなものを残しているつもりだったが、それを消した昴には、なんの感慨もなかった。
一つの時代が終わるのかもしれない、と彼は思った。自分が生まれるより少し前、テキスト系サイトというものが流行した、と授業で聞いたことがある。通言容量が限られていた当時、一部の人たちは、日記やコラムを面白おかしく書き散らし、文字を大きくしたり小さくしたり色をつけたりして世間に公開することがクリエイティブな行為だと考えて、それを実践していた。
そのブームは一瞬で終わり、その後はブログというものも流行して磨れた。スマホが普及しきってからは、SNSで自己発言することが当然になった。それも終わるのかもしれない。
少なくとも、僕にとっては、SNSが何か面白いものであった時代は終わった、とは思った。
・ジョー先生は今日もグラフやアニメ、それにたとえ話を使って分かりやすくお金の話をしていた。
まとまったお金があるなら、理論上は一括投資した方が良い。けれど人間は感情の生き物で・・・・・・。
分かりやすい。確かにその感想は変わらない。だが、世の中にある情報ってそんなに「分かりやすく」できるものなんだろうか。ひょっとして僕やこのコメント欄の人たち、世の中の多くの人たちは、いつも複雑な世界を過剰に分かりやすくしてくれる「誰か」を求めていて、その「誰か」の一人がジョー先生なのではないだろうか。
・親しい人には言っているように自分はゲイで、それで被害者意識というか、こういうカルチャーのなかにいると悪く言われることもあって、差別される側だって思い込んでました。でも、愛が素晴らしくてそれがないと価値がないって考えは完全に差別だったし、いけないことだって分かりました。
三年間黙ってた間、あのときあったことが噂みたいにひろがって、俺のヘッズにはかばってくれるひともいたし、それは嬉しいんだけど『やっぱLGBTQってめんどくせえ』って人もいて、それはちがくて、世の中はもともと複雑で、そこに雑な言葉で入っていったら傷つく人がいて当たり前で、傷つけて、めんどくさくしてたのは自分だと思います。俺はあの日、みんなと仲良くしたいです、と抱きしめにいきながら、その手にナイフを持っていました。三年間黙っていたことを含め、本当にごめんなさい。それに気づかせてくれた主催者の方には、本当にありがとうございました
・「問題は、ブレイクショットの打ち方だ」
昴はプレイクショットという言葉を知らなかった。だが、その様子から、ゲームを始める一打のことなのだろう、ということは分かった。
「台の上のすべてを把握しようというのは傲慢だし、自分の打つボールが波及するという意識をもたない人間には、ゲームに参加する資格はない。だが、だれかがそれを打たなければならない」